第1247話 『テストダイブ その2』
『狼』かどうか、それを調べる為に市長が用意してくれた部屋。倉庫として使用しているような部屋だった。そこに折り畳み式のテーブルと椅子を、人数分持ち込んだ。
いよいよ始める。
まずデプス市長に椅子に座って頂くと、テーブルを挟んで彼と対面する形で、私とセシリア、ローザ、シェルミーで座った。市長は、ここで初めて不安そうな表情を見せた。
「ふう……これで、なんとかなりましたかね? ミシェル様の望まれたとおりに事が進んでいればいいのですが……」
「私達にここまで協力をしてくださって、市長には感謝の言葉もありません。エレファ、そして父ベスタッド共に、また改めてお礼に参りたいと思います」
「ははは、それは嬉しいですな。でも、全てが済んだらですね」
「ええ、全てが済んだら改めて」
「では、早速私から初めてください。ちゃんと身の潔白を証明してみせますよ。それに私だってこの都市の市長として、『闇夜の群狼』なんて悪名高い賊にいいようにされたくはないですしね。この都市は、まだまだこれから発展していくのですから……犯罪集団などに潰されてたまるものか」
「私達も同じ気持ちです。我がガンロック王国は、メルクト共和国と交易都市リベラルと、これからも良好な関係を続けていけたらと望んでいます。その為には、国や都市に潜んでいる、膿を出してしまわないと」
この部屋に今は、私達しかいなかった。だから豪商の娘シェルミーは、王女ミシェルとしてデプス市長と話をしていた。
シェルミーは、凛とした表情で私の方を見た。
「それじゃ、テトラ。始めましょう」
「はい、上手くできるかは解りませんが頑張ってみます」
「うん、お願い」
私はデプス市長と見つめ合うと、両手を前に出した。そして掌を上に向ける。心の中で念じるように、ラビッドリームに呼びかけた。
(お願い。ラビッドリーム……私に力を貸して……)
ポワワっとした暖かい何かそんなものを胸の中に感じた。私の身体の中には、確かにラビッドリームは存在している。そして私の声に、耳を傾けてくれている。あの長くて可愛い耳を――
次の瞬間、何か電撃のようなものが私の身体を駆け抜けた。私は続けてラビッドリームに願った。
(お願い、ラビッドリーム。レティシアさんが私にあなたを貸してくれた。だからあなたの力を私に貸してください――)
両手の掌に何かが生まれた。光――眩いばかりの光が生まれ、部屋全体を照らす。隣に座っていたセシリアが私に声をかけた。
「テトラ、私も一緒に行くわ」
「…………」
返事をしたつもりだけど、言葉になっていない。私の中で、ラビッドリームの力をどんどん強く感じる。セシリアは、私の腕に両手で触れた。そしてローザとシェルミーに言った。
「それじゃ、私はテトラと共に、デプス市長の心の中に入ってくるわね。以前もそんな事があったのだけれど、その時はアローが助けてくれた……けれど今回は……」
「え? 待って、それじゃ……」
シェルミーは、セシリアのここに来て突然の衝撃的な言葉に驚く。ローザは、既にその事を知っていたからか、特に表情は変わらない。無事に戻れるかどうか解らないとしても、覚悟ができている。
「大丈夫よ。テトラひとりだと心配だけれど、私が一緒に行くから。そして必ず戻ってくるわ」
「それなら、私も行く。最初にそう決めていた」
「ありがとうローザ。でもまずは、私とテトラの2人だけで行くわ。まだテトラはラビッドリームの扱いには慣れていないし、市長の後に続く十三商人からこそが本番なのだから」
「しかし……」
「もしも私達に何かあったら、アローかレティシアさんをここへ呼んできて欲しい。お願いできるかしら」
「それはもちろんだ。絶対に何としても連れてくる。我がディフェインの家名にかけて、セシリアとテトラを助け出すと誓おう!」
ローザやシェルミーは、信頼できる人達だった。だからこれから何が起こるとしても、怖くない。そう自分に言い聞かせる。もしまた、あの頃のフォクス村に行ってしまった時のように、戻ってこれない状況に陥ったとしても、ローザとシェルミーが私達を助けてくれる。それにセシリアと2人なら、何も怖くはない。
「それじゃ、行ってくるわね。テトラ、行きましょう」
「……セシリア、目を閉じて……ください。市長も……」
ここで、出なくなってしまっていた声が出た。両目とも閉じたはずなのに、パーーーっと部屋が明るくなる感覚。セシリアも市長も、ちゃんと目を閉じてくれていると解った。
なぜだろう、私は両目共に閉じていたはずなのに…………
――――――
眩いばかりの光。真っ白な世界。
ここは何処だろう。セシリアは何処?
さっきまで胸の奥で確かに感じていたラビッドリームの存在を、今は何も感じない。何処? 何処に行ってしまったの?
――――
気が付くと、私はとても大きな都市の大通りに立っていた。周りには、溢れるばかりの大勢の人。そして凄く奇妙だと思ったのは、街中を行き交う人の5人にひとりの顔がデプス市長によく似ていた。
もしかしてここは……
バシイッ!!
「きゃっ!!」
誰かが私のお尻を強く叩いた。痛くて涙目になったまま振り返ると、そこには見慣れた顔。長くて綺麗な黒髪をした、眼鏡をかけた一人のメイドが立っていた。
「やるじゃない、テトラ」
「セシリア!!」
「どうやら、上手くデプス市長の心の内側に入り込む事ができたようね。いえ、脳の中かしら……まあ、それは別に今はどうだっていいわ」
「は、はい、上手くいって良かったです。それじゃ、これからどうしましょうか?」
「そうね……おそらく……と言うか、市長は『狼』ではないというのが私達の考えだけれど……折角一番手に名乗りをあげてくれた訳だし、可能性もゼロではないと思って調査しましょう」
「そ、それじゃ……」
「とりあえず、この世界のデプス市長に会いに行きましょう。その可能性はゼロではないけれど、極めてゼロに等しい。でも更に彼の疑いを晴らしておくという意味でも、確かめておいた方がいいかもしれないわね」
「確かめるって、具体的にどうするんですか?」
「まずは、この世界のジャーニー・デプスに会う事ね。彼が『狼』なら、きっと何かサインがあるかもしれないわ」
「サインってなんですか? きゃああっ!!」
セシリアは私の胸を思い切り叩いた。容赦がない。
「そこまで私が知る訳ないでしょ!! 兎に角、市長の後にまた順に十三商人の心の中にも入らなければならないのだから、こんな所でぐずぐずはしていられないわよ。急ぎましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください、セシリア!!」
そう言えば私の愛用の槍、涯角槍もセシリアの使っているボウガンも、置いてきてしまった。今私達の身体があるあの部屋にはあるけれど、この世界には持ち込んでいない。
セシリアも言っているように、私もデプス市長は『狼』ではないと思う。けれど愛用の武器が手元に無いだけで、なんだか物凄く不安になってきた。




