第1245話 『リベラル市役所 その6』
「これは、どういう事かなリッカー氏。あなたは、もしかして……『狼』を知っているのではないのか? もしくは、あたな自身が実は『狼』だった……というオチではないだろうな」
デプス市長の眼は笑っていない。そしてその言葉に、やや仰け反るリッカー。そしてチラリとドアの方に眼をやると、一気に走りだした。この会議室から、逃げ出そうとしたのだ。でもドアの前には、メイベルとディストルが立っていた。2人はここから逃げようとしたリッカーを捕らえると、先程まで座っていた椅子に、無理やりに座らせた。
「はなせーー、薄汚ねーー、低級冒険者がーーー!!」
「あっしは、低級冒険者ではねーでやんすよ。これでもAランク冒険者でござんす」
「アタシは確かにEランクだ。低級冒険者だよ。でもはっきりと言われると、傷つくんだよな。こいつ、ちょっとぶん殴ってもいいか?」
ディストルの言葉に、リッカーは身をすくませて震えた。ミルトが助けに入る。
「まあまあまあ、デューティーの発言やリッカーの今の行動、思う所はあるようだけど、このままあれこれ言い合っていても仕方がない。そうだよね、テトラちゃん」
ミルトはそう言って、私にウインクした。
そうだ、そうだった。私がラビッドリームを使いこなせれば、それではっきりする。この場であれこれ喋っていても解決しないし、どんどん時間は過ぎていく。こうしている間にも、首都グーリエではボーゲンやミリス達が窮地に陥り、私達の助けを待っているかもしれない。
「はい、今のデューティーさんの発言やリッカーさんの行動には、色々と聞きたい事ができた人もいると思います。でも皆さんにここに集まって頂いた真の理由は、『狼』を見つけ出して倒す事。それだけなんです。だからまず、それを可能にする一番確実な方法がありますので、皆さんには協力をして頂きたいです」
「協力ーー? 女狐ちゃんが随分じゃーーなーーいか。協力とか言ってるがーー、強制だろーーがーー。現に今ーー、俺達を監禁しているーー。いいか、お前らーー、こんな事をしてーー後でただで済むと思うなよーー」
「か、監禁って……でも、確かに……そうかもしれません。でもやむを得ないんです。す、すいません。で、でも聞いてください。これは仕方なく……」
リッカーは、この場から逃げようとした。それにとても怪しい。『狼』と深い関係があるか、もしくは『狼』の正体がリッカーかもしれない。だけど疑って、この会議室から出さないようにしている私達の行動も、正義の為とはいえ強引には思えた。言い訳しようとしたけれど、セシリアが私を止めた。
「やめなさい、テトラ。確かに私達は、彼らをここへ呼びつけて協力を得る為にとても強引な手段を用いているわ。その上で言い訳をしても、何も解決はしない。そんな事よりも、さっさと始めてしまいましょう。あなたのラビッドリームを使えば、全てが解決できるわ」
「は、はい。でも……」
私は、ラビッドリームを完全に制御できていない。使い方もちゃんと解らないし、手探りでやるしかない。とりあえず、私の中にいるというのであれば、力を貸してと念じてみる。
でも、これでラビッドリームがちゃんと私のいう事を聞いてくれなけばどうしよう。私は、魔法の知識なんて何もないし、精霊を上手に使う自信なんてぜんぜんない。セシリアは、そんな私の心の中を見透かすように言った。
「フフ、何も言わなくていいわ。あなたの心の中なんて、手に取るように解るから」
「え?」
「ラビッドリームがコントロールできないかもしれないなんて、とうぜん私もそうだしローザだって解っているわ。だって私は、あなたと一緒にあのあなたの心の中にあるフォクス村に行ったでしょう?」
「え……はい、行きました。セシリアと一緒に行きました。思い出したくもない、あのフォクス村であったこと……あそこにセシリアと一緒に行って……それでア……」
そうだった。あの時は、アローに助け出してもらった。でもここには、アローはいない。ラビッドリームを使って、もし制御できなかったら……その事に気付いて、そう言いかけた所でセシリアに口を塞がれた。
そうだった。ここには、リッカーがいる。リッカーのもとには、アローが今潜り込んで色々と調べてくれているんだった。ごめんなさい、セシリア。迂闊な発言をしかけたけれど、それでかえって冷静になれた。
「兎に角、やると決めたならやるしかないでしょ。失敗を恐れる必要はないわ。ラビッドリームがあなたの言う事を聞かなければ、それはそれで別の手を考えればいいでしょ。そしてもし、ラビッドリームが協力してくれないような事態になって、またあの世界から戻ってこれない。そんな事になっても、心配はないわ。だって私は、あなたと共にその世界に行くから。そうなってから、また考えて答えを見つければいいのだから」
セシリア……彼女を見つめる。彼女は時々、私を困らせて楽しんでいる時がある。でもそれはそういうなんでもない時であって、本当に困っている時は、いつも勇気と何に対しても向かっていける強さをくれる。
「テトラ、私もだ」
ローザの声。
「始める前から、あまり悪い方へ考えるな。私達は、自分でやれる事をやればいいのではないか。それでもし何かあっても私も一緒、運命共同体だ。エスカルテの街からメルクト共和国へ向かったあの時……我々はチームになったのだろ?」
「ローザ……ありがとうございます」
「私達は仲間だ。力をあわせて困難に立ち向かうなんてのは、当然の事なのだよ。それでは、そういう事でとっとと始めよう。これで『狼』を見つけ出せば、そいつを捕まえてリベラルは、平和な街に戻る」
ローザはそういって、私の背中を押してくれる。でもメイベルとディストルは、険しい顔をする。
「ですがね、ここに集まったのは十三商人のうちの半分でやんす。『狼』がいるとすれば、ここに来なかった者が一番怪しいでやすがね」
「いや、どうかな。アタシは案外こんなかにいると思うぜー。だから、ここにいる全員に今のうちに宣言しておいてやる。見つけたら、そんな悪人は絶対許さねーからな。このアタシが、頭蓋をかち割ってやる」
ディストルはそう言ってリッカーに対して目を向け、ニヤニヤと笑った。リッカーは、彼女の視線にビクリと怯えると、視線をデューティーと市長の方へ移した。




