第1242話 『リベラル市役所 その3』
デプス市長は、シェルミーとファーレにこれから起こる事について、最後の確認をとった。
「それでは、これから会議室の方へと向かいますが、私は両殿下の事を豪商の娘として、接すればいいのですね」
ファーレは、にこりと笑って頷く。
「はい。ベルティエ氏は、既に私達の身分を知っていますが、事前にそれで合わせて下さいと伝えてあります」
「解りました。それでは、参りましょう」
デプス市長が皆を誘導し、市長室に出ようとした所で、今度はセシリアが市長に声をかけた。
「市長。少し、待って頂けますか?」
「ん? えっと……セシリアさんだったね。何かな?」
「私も市長に、先に伺っておきたい事があります」
デプス市長は、セシリアと向き直った。
「市長には、十三商人に招集をかけて頂きました。ですが私達は、そのうちの何人かに既に接触もしていますし、どういう人がいるのかも存じています」
「ほう、なら、商人達は変わり者だらけだと知っているという事だな」
「そうです。なので、その中には市長が出して下さった招集連絡にも、応じない者がいるのではないかと思いまして」
デプス市長は、セシリアにそう言われて少し困った顔をした。とりあえず、招集に応じてくれている十三商人に会って、それからまた考えればいい。
来ない者。来ていても協力しては、くれない者。どうするか迷っている者。そういった者を見てから、また改めて考えを言って欲しいといったふうな表情に見える。相手が相手なだけに、招集を出すにも骨を折ったのが見てとれた。
十三商人の立場は、この都市ではデプス市長よりも力が強い。だからきっと、強気な姿勢で全く応じない者もいるし、全員はここへは集まらなかったのだろう。デプス市長は、それをシェルミーとファーレになかなか言い出す事ができなくて、会議室に行ってから話そうとしているんじゃないかと思った。
私やセシリアからすれば、シェルミーやファーレは可愛い女の子で、今でも実は一国の王女様だったなんて信じられない。でもデプス市長からしたら、2人の王女と十三商人の間でちょっとしたトラブルが起これば、国際問題に発展しかねないなどと思う部分もあるかもしれない。だからこそ、なかなか言い出せなかった気持ちは理解できた。
「両殿下……ではなく、シェルミーさんやファーレさん……君達がここへ来る前に、私は一度会議室に顔を出している。その時点でそこにいたのは、アバン・ベルティエの他にイーサン・ローグとダニエル・コマネフの3人だった」
え? 3人!?
イーサンやダニエルさんは、協力してくれると思っていた。だから来てくれていた事には、それ程驚かなかった。でもミルト・クオーン……
ミルトはとてもいい人で、シャノンを追ったあの時も、私を助けようとして身体をはって手伝ってくれようとした。だからきっと今日、この招集に応じてくれてると思っていたけれど……まさか来ていないなんて……
「たった3人ですか?」
「わからん。だから、そのー、私は君達がここに来る前に、早いうちに一度顔を出しただけだからな。その後は、両殿下……ではなくて、シェルミーさん達が来るのを、私は市長室で待っていた。あれから時間も経っているし、他にも誰か集まっているかもしれん」
それを聞いてセシリアは、納得したようだった。
十三商人の中に、私達のターゲットの『狼』がいる。この交易都市リベラルを牛耳ろうとし、そこからメルクト共和国を完全に乗っ取ろうと陰から盗賊達に指令を出している『狼』が存在する――
それが誰かは解らないけれど、十三人の中にいるのなら、もしかしたらこれから対面する人の中にいるかもしれない。だからセシリアは、ひとつひとつ注意深く確認をしているのだと思った。
「そう言えば、私からも一つ聞きたい事がある」
セシリアは、すました顔で答えた。
「ええ、どうぞ」
「君達が『狼』と呼んでいる、『闇夜の群狼』の幹部だがね。そいつが十三商人の中に紛れ込んでいるとすれば、私もそいつを倒したい。そいつはいずれ、このリベラルも首都グーリエのように、賊の住処に変えようとするだろうからな。それは市長として、絶対に許す訳にはいかん!!」
「当然だと思います」
「それで君達は、その『狼』をまず見つけ出さなくてはならない訳で、私はこうして十三商人に招集をかけた。ここで疑問だ。君達はいったいどうやって、十三商人の中に紛れている『狼』を探しだすのだ? 尋問するのか? だとすれば十三商人は、事実上この都市での最高権力者だ。尋問したり、彼等の屋敷を捜索して証拠を見つけるなどするなら、きっと彼らはそれを許さないし応じはしないだろう」
セシリアは、微笑んだ。そして次に私を見た。私は、セシリアに説明するように言われたと思って、デプス市長に『狼』を見つける為の手段を明かした。
「実は最初、私達は十三商人にひとりひとりに会って、その人が『狼』かどうか確かめようとしました。でもミルト・クオーンのようにこの人は信じられる人物であり、違うだろうと思っても、結果を見れば実際その程度の情報しか手に入っていませんでした。それでは、その人がいい人だって感じただけで、『狼』なのか確証はありません。それで、この方法に辿り着きました」
私は両手で水を救うように合わせ、市長の目の前に突き出した。念じて、呼び掛ける。すると合わせた掌の上に光が集まる。眩いばかりの光。そしてその光は球体のようなものになり、やがて目の赤い兎に変化した。
私はその兎を胸に抱くと、市長はそれを見て声をあげた。
「ま、魔物!? いや、使い魔か!!」
「この子は、ラビッドリーム。土の精霊です。人の夢や記憶を読み取り、時にはそこへ入り込む能力を持っています。成功するかどうかは解りませんが、この子を使って十三商人ひとりひとりを確かめれば、おのずと『狼』に辿り着く事は可能だと思います」
「ラ、ラビッドリーム。そんな土の精霊がいるなんて聞いた事はないが……それが事実なら……確かに『狼』を見つけられるかもしれんな」
「はい。ですがこの子は、まだちゃんと私の言う事を聞いてくれるかは解りません。とても不安定な状態なんです。でも、やるだけやってみる価値はあると思います。これなら十三商人に会って、一度協力してもらえるだけで白か黒か解りますし」
「なるほど、解った。確かに凄くいい手だ。それでは、会議室に案内しよう。皆、ついて来てくれたまえ」
デプス市長は、私達の作戦を聞くなりあっさりと理解してくれた。ラビッドリームを使った作戦。不安材料もまだいくつかあるし、成功するか解らない。でも今は、一刻も早く『狼』を叩いて首都グーリエに向かい、ボーゲン達を助けなければならない。
そう、皆を助けないと!! その為にもまずは、できる事をしなければならないし、これが今一番の最良の手だと疑わなかった。勿論、セシリアやローザも同じ意見のようだった。




