第1235話 『グランドリベラル21階にて その5』
「それでは改めまして、自己紹介をさせて頂きましょうか。こほん……あー、僕の名前はアロー。勘違いされているレディーもこの場にはいるかもしれませんが、これでも歴としたボタンインコでありまして、間違っても魔物ではありませんので、あしからず」
「魔物じゃねーのかよ」
アローが頭に乗っている。だから見上げるようにして、エイティーンが言った。
「レディー、僕は魔物ではありません。正真正銘のボタンインコです。あなたが自分の事を人間だと言い張る位には、そうだと言い切れますよ」
「へえ。でもなんでお前、アタシの頭に乗ってんだよ?」
「それはもちろん、あなたが一番素敵な女性に思えたからですよ」
「ナンダとお!? マジで言ってんのか?」
「マジです」
「そうかそうか。ぎゃははは、アタシの事を素敵な女性とか言う奴になんて、初めてお目にかかったぜえ。生憎、鳥だけどそれでもお前雄だろ? なら、男って事だ。男にそう言われりゃ、悪い気はしねえ。なあ、そうだろ?」
「ええ、その通りです。僕は、雄ですよ。別の言い方をすれば、紳士とも言いますが……でもご心配には及びませんよ。紳士だからという訳ではありません。レディー達は、この場所がお風呂場という事もあって全裸でおられますが、まあご覧の通り僕はボタンインコですから、人間のレディーに欲情するような事は間違ってもありません。ここは浴場だけに、欲情してしまうなんて事は、そこにいるレティシア以外はないという事ですね。はっはっはっは」
「ウフフフ、もうアローってば!! そんな私だけが欲情しているって思われたら、恥ずかしいでしょ。まあ、こんな可愛い女の子たちに囲まれているのだから、それも仕方ないと言えば仕方ないでしょうけど」
アローのダジャレとレティシアのノリに、皆呆然とする。そして我に返るとレティシアさんから、少し距離をとった。私も皆と一緒に距離を取ろうとしたけれど、レティシアさんはぴったりと私の後ろについてくる。取り付かれている。ううーー。
ファーレがまたシェルミーをつついて、話の続きをと急かした。
「つつかないでよ、ファーレ。解ってる、解っているってば。あの、アロー。そろそろ本題へ進めたいんだけど」
「ええ、もちろん解っております。それでは、これからの計画についてお話しましょう」
「さっきから、そればかりで全く話が進まないな」
ローザの呟きが聞こえた。確かにぜんぜん進まない。セシリアじゃないけど、私もずっとお湯の中にいるから、そろそろ身体がふやけてきてしまった。でもセシリアのように、外に出てその辺に腰をかけたりはできなかった。ずっとレティシアさんに、身体を見られている気がしてならないから。
「では、その『狼』を炙り出す作戦……というか、そのずばり方法について申しましょう。実は、そこにいるテトラが要となります。テトラに十三人商人全てと向かい合ってもらい、それぞれを暴いてもらうのです」
「えええ!! わ、私ですか!?」
皆がアローと私に注目した。私が十三商人と向かい合うって……え?
「あ、あの……アロー。いいですか?」
「ええ、テトラ。どうぞ」
「わ、私が十三商人の中から、『狼』を見つけ出すのですか? ハッキリ言いますが、ミルトやイーサン、ダニエルさんと会って話をして、いい人なんだろうなっていうのは私にも解りました。しかもダニエルさんは……個人的な事なので、ここであまり深くはお話できませんが、『闇夜の群狼』を恨んでいます。それは彼の自宅に行って、実際にお話しを伺ったから解る事です」
「ええ、そうですね」
「ミルトやイーサンもそう。私に色々と協力してよくしてくれています。だから『狼』だとは、思えません。でもそれは、あくまでも私がそう思うだけであって……本当に『狼』じゃないとは言い切れない。でも私自身は、信じたい。その程度なんです。その程度で、『狼』を見つけ出す事なんてこの私にできるのでしょうか? それならセシリアやローザの方が、よっぽど人を見る目はあると思います」
「いえ、セシリアやローザにはできません。レディー、あなたにしかできません。断言できますよ」
「ど、どうやって……それに1人1人会って確かめるなら、これまでとやる事は変わらないんじゃないですか?」
「まあ、そうですね。確かに初めは、『狼』を探し出す為には、これまで実際にやったように、十三商人1人1人に会ってみればいいと考えていました。僕もレティシアも、それならばその方法で大小なんらかの尻尾を掴めるかもと思っていたのですよ」
「はい、そうでした」
「レティシアは、十三商人の1人であるボム・キングのもとへ入り込み、僕は情報屋リッカーの用心棒となって彼らの動向を探りました。テトラやセシリア達もそうでしょ? ダニエル・コマネフ、デューティー・ヘレンと、アバン・ベルティエ。でもやはり、これと言った確実な手掛かりは掴めない」
「そうです。だから私には、その人がどうかなんて見分ける方法は……」
「ありますよ。断言しますと言ったでしょ。レディー、今のあなたなら、その力が十分に備わっています」
「どうやって? 私ができる事なんて、メイドとしてのお仕事や、モニカ様に教えて頂いた棒術や槍術位のものです」
「いいえ、今の期間限定という事にはなりますが……あなたには、『狼』を暴く特別な力があるはず。自分の胸の中を、よーく見つめてごらんなさい。ほら見つめて」
アローの言葉の意味が解らない。私にそんな特別な力なんてないのだから。フォクス村でもそう……九尾としても、尻尾は4本しかないし……できそこないと言われて生きて……
「さあ、テトラ。僕を信じて」
仕方なく自分の胸を見つめる。すると奥の方、心――その近くに何か暖かいものを感じた。
え?
――――兎?
目の赤い、大きな兎。私は、この兎を知っている。私の中に、確かに赤い目の大きな兎を感じた。
ラビッドリーム。レティシアさんが従えている土の精霊で、今は私が預かっている。その能力は、夢と記憶を操る能力……だったような気がする。その事を思い出した。




