第1234話 『グランドリベラル21階にて その4』
アンパリロー三姉妹の後に、続けて滑って来た意外なその人物。顔を見て、嬉しくなる。私は、その人を知っていた。
先程、この人がスライダーを滑り降りる直前に、丸みのある鳥のようなものが大浴場の中を羽ばたいて飛んでいた。湯煙ではっきりと見えなくて、もしかしてと思ったけれど……それはやはり、鳥だった。とてもカラフルな鳥。
その鳥は、くるりと天井のあたりを一周すると、私が知っているその人の肩にとまった。私は、嬉しさと親しみを込めた声で叫ぶ。
「レティシアさん!! それにアロー!!」
「ウフフ、皆さんこんにちは」
「どうも、ご機嫌いかがかな。レディー達」
ずっと、エイティーンを睨みつけていたディストル。その相手がレティシアさんに切り変わる。それで更に怒っているのが解る。
そう言えばディストルは、レティシアさんとも揉めたことがあった。エイティーンとの闘いは、お互いに迫ったものがあったけれど、正直言ってレティシアさんとディストルでは、まるで勝負になっていなかったのを思い出す。
レティシアさんの強さは異常だった。私もクラインベルト王国の近衛隊長であるゲラルド様や、エスカルテの街のギルドマスター、バーン・グラッドというとんでもない規格外の強さを持つ人達を知っている。だからレティシアさんが、異常な程の強さを秘めている事は、よく解っていた。
もちろん、ディストルもそれは解っているに違いない。だからこそディストルは、エイティーンよりもレティシアさんに敵意を燃やしているのだと思った。
「あらあらあら、テトラちゃんじゃなーーい。しかもまあまあまあまあ、みんなもそうだけれど、なんて格好なのーう。素敵ね。とても素敵! えっと、あえて例えるなら、そうね。まるで……生まれたばかりの姿ね。ウフフフ」
ガバッ!
「ひ、ひえええ、レティシアさん!!」
レティシアさんは、そう言って私に抱き着いてきた。お風呂なので当たり前だけど、お互いにすっ裸で密着している。身体の表面で感じるレティシアさんの感触は、とても柔らかくて気持ちよく……じゃなくて、変な感じ。顔が真っ赤になってしまったけれど、お湯に浸かっていただけでこうはならないと思った。
「は、ははは、は、離れてください!! ちょっと離れてくださーーい、レティシアさん!!」
「駄目よー、だめだめ! テトラちゃんは、私の大切な赤ちゃんなんだから。ウフフフ。可愛いわねー」
逃げ出そうとしたけれど、より強く抱きしめられて逃げられない。皆の視線の中、どうやって脱出しようか慌て困っていると、シェルミーが割って入ってきてくれた。
「ごめんごめーーん。レティシアさん」
「なーに?」
「ちょっと、ほら。今大事な話をしておきたいからー……ね? そういう雰囲気!」
「ええ、もちろんちゃんと解っているわよ。ウフフフ、だから私とテトラちゃんにはかまわずに、遠慮なくお話を続けてくれるかしら?」
「えーー。それはちょっと……気になって続けられないとゆーか……これから話す事は、テトラが要になる話だから……」
要? 私が要になる?
今話し合っている内容は、十三商人の中に私達が見つけ出して倒さなくてはならない『狼』が、隠れ潜んでいるという話。それからその『狼』を見つけ出すには、まずどうすればいいかというこれからの話……というか計画。その計画の要が私?
私には、そんな特別な力はないのにと思った。それなのに私が要って、いったいそれってどういう事なのか。
「うーーん、テトラちゃんが要かー。それじゃ、これからその大事なお話を邪魔するのもよくないわよね。ウフフ、それもそうね。それじゃ、テトラちゃんを可愛がるのは、後にしましょーーっと」
「ええええーー!! あ、後にするんですか!? ううーー、か、解放してください!!」
「だめよ、だめだめ。折角一緒のお風呂なんだもん。私がテトラちゃんのあんなところやこんなところまで、綺麗に洗ってあげるわね。ウフフフ」
「あ、ああ、ああああああ、あんなところやこんなところって、いったい何処なんですかあああ!! ちょ、ちょっと、変なところを触らないで下さい!!」
「えーー、テトラちゃんのいけずーん。ウフフ、まあいいわ。今の質問は、後でゆっくりじっくり教えてあげるわね、ウフフフ」
「うううーーー、い、嫌な予感しかしないですーー!!」
私とレティシアさんのやりとりについていけず、また呆然としてしまっているシェルミーやファーレ。ソアラ達三姉妹も、私に纏わりついて離れないレティシアさんを見て、呆気にとられている。
ディストルなんて、レティシアさんの事を宿敵みたいに思っているかもしれないから、こんな彼女の本性を知ってしまって、幻滅してしまっているかもしれない。だから怖くて、彼女の顔を見れなかった。
セシリアが、見かねた感じで言った。
「ふうーー、お湯に浸かりすぎてのぼせてきたみたいね。だからそろそろ、本題を聞かせて欲しいのだけれど」
レティシアさんは、しょぼんとして私の陰に隠れた。ちょっかいを出すのをやめてくれたのは、いいけれど……なぜか私のすぐ後ろ、背中に張り付くようにいるのが気になって仕方がない。
ファーレに肩を叩かれて、シェルミーが我を取り戻す。すると気を取り直して、話の続きを話し始めた。
「それじゃ、セシリアがお湯にのぼせたって言っているし、てきぱきと簡潔に話すね。十三人商人の中にいる『狼』を探しだす方法なんだけど、このまま1人1人調査を続けて調べていても、相手は狡猾だし尻尾を出さないかもしれない。だから強引な手で行く事になりました」
メイベルと一緒に顔をしかめて聞いていたディストルが、急に反応してシェルミーに言った。
「なんだそりゃ。そんな方法があるのか?」
「そう、あるんです。その特別な方法を思いついて、私に提案してくれたのが、なんとここにいるレティシア・ダルクさんなのでーす!」
「どーもー。レティシア・ダルクよー。ウフフフ、よろしくねー」
「もうご存じの方もいると思いますが、彼女はなんとまあSランク冒険者なのです。しかもテトラの保護者だそうですよ!!」
「ほ、保護者じゃないですよ!!」
反論したけれど、誰も聞いていない。話は進んでいく。
「えーーっと、それじゃその方法について、レティシアさん。あなたから直接、皆に説明してください」
シェルミーのその言葉で、この場にいる全員の注目が、私の陰に隠れているレティシアさんに集まる。だけどレティシアさんは、もじもじする素振りを見せるとアローに言った。
「私はほら、あまりこういうのはアレじゃない? だからあなたから、説明してあげて。得意でしょ、そういうの」
大浴場内にある噴水のオブジェ。そこにとまって休んでいたアローが、こちらに羽ばたいてくる。そして一番背の高いエイティーンの頭の上に降り立つと、まず咳ばらいをひとつした。




