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第123話 『小さなアテナ その3』





 私は朦朧としながらも足を引きずりながら、アテナの小さな手を引いて、どうにか森の中を移動していた。


 その間ずっと、アテナは泣いていた。ずっと――――



「……どうしたの? アテナ……泣かないで……」


「ひっく……ひっく……だってお母様、血だらけになってる……このままじゃ、死んじゃう!!」



 娘に言われ、自分の身体を見る。背中に2本、右足の太もも辺りに2本、矢が刺さって出血している。あと、背中と肩に刀傷。あれから、森の中で2回、ドルガンド帝国の追手と戦闘になった。無我夢中で戦ったら、なんとか倒せたけれど、こちらもかなりひどい傷を負った。セシルが見たら、なんて言うかな。きっと心配する。



「はあ……はあ……」


 

 出血しているからなのか、疲労なのか息が乱れる。森の中をどれくらい歩いただろう。クラインベルト王国の国境付近で襲われて、ここまで逃げて――――


 不意にアテナが私の手を引っ張り、前に出た。そして、指をさす。



「お母様!! あそこ!! あそこに小屋があるよ!!」


「……あら、本当ね。それじゃあちょっとあそこで、休んでいこうかしら」


「人が誰かいるかもしれないから、私が先に見てくるね」


「ちょ……ちょっと待ちなさい! アテナ!!」



 もし追手が先回りして、あの小屋に潜んでいたら。私はアテナの腕を掴んで止めようとしたが、アテナはするりと抜けて小屋の方へ駆けて行った。



「アテナ!! もどりなさい!!」



 矢傷を受けた箇所が、燃える様に熱くて痛い。アテナの後を追いたかったのに、激痛で足が前に出なかった。


 すると、アテナが手に棒を持って小屋から戻って来た。私はその棒を受け取って杖代わりにした。



「アテナ。お願いだから勝手に先へ行かないで。悪い人たちが先回りしているかもしれないから」


「うん。わかった。……それと、小屋には誰もいないみたい。鍵が掛かっていたよ」



 小屋の前まで行くと、扉には木製の錠前がおろされていた。私はその正面に立つと、その錠前目がけて剣を勢いよく振り下ろした。



 バキィッ!



「これで中に入れるわ」



 アテナが先に小屋の中へ入ろうとしたので、それを制して私が先に入った。小屋の中の安全を確認し終えると、私は床に崩れ落ちた。



「お母様!!」


「大丈夫、大丈夫よ、アテナ…………ちょっと血を流しすぎたみたい……」


「お母様、回復魔法を使えないの?」


「ウフフ。こんな時に、ミュゼ……爺がいてくれれば良かったんだけど……でも、少しすればセシルやモニカや爺も……ゲラルドだって助けにきてくれるわ。もう少し、頑張りましょ!」



 アテナはそれを聞くと、小屋の中を色々と歩きまわって調べ出した。そして、布切れと器をいくつか探して来た。



「ちょっと行ってきます」


「アテナ……だめ、一人で出歩かないで……」



 アテナには聞こえていたはず。だけど、小屋の外へ出ていってしまった。アテナの後を追って連れ戻したかったけど、血を流しすぎたせいか気を失った。


 ――――再び目覚めると、目の前にアテナがいて私の顔を心配そうに覗き込んでいた。



「前にお父様に教えてもらったから……もしかしたらその辺にもあるかなーって」



 アテナは何か作業をしている。手元を見ると、薬草を採取して来たみたいで、それを丁寧に磨り潰していた。更に、何処からか器に水も汲んできていた。


 私はアテナを見つめた。この子は生きる術を、もう知っているんだ。娘の成長に目頭が熱くなった。


 それから私は、アテナに手頃なサイズの木の枝を探してもらってそれを咥えた。そして太ももに刺さる矢を、思い切って引き抜いた。私は激痛に叫び声をあげた。アテナの目からは、涙が溢れ私の手を強く握る。


 大量に出血したが、アテナが採って来てくれた薬草と、布切れを包帯代わりにしてなんとか凌いだ。



「お願い、アテナ。背中の矢も、私がやったように引き抜いてくれる?」

 


 首を横に振るアテナ。でもアテナは、泣きながらも私の背から矢を抜いて、処置をしてくれた。激痛で、私はまた気を失った。


 再び目覚めると、私は床の上で毛布にくるまって横になっていた。そして唐突に物凄く食欲を掻き立てられるにおいが漂ってきた。



「なに? この美味しそうなにおいは?」



 外はすっかり暗くなっている。――――夜。周囲を見ると、アテナがいない。――――アテナ!!



「アテナーー!!」



 私は立ち上がろうとした。しかし無理をすると、矢傷を受けた箇所に撒いている布に血が滲む。横に置いてあった剣を握りしめて、それを杖にして立ち上がった。すると、奥の調理場からアテナが顔をひょこっと出した。



「アテナ!!」


「だめよ、お母様!! まだ休んでいないと!! 今、私がとびきり美味しくて、元気の出るものを作ってあげるから。ちょっとだけ、待っててね」



 その言葉を聞いて、全身から力が抜け落ちた。ゆっくりと足を動かして、テーブルの近くの椅子に座る。身にまとっているものは下着だけなので、なんだか落ちつかない。だから毛布を羽織った。



「じゃっじゃーーん!! アテナ特製スープだよ!!」



 目の前にドスンと鍋が置かれた。鍋も食器も……調理道具もこの小屋にあったものを利用している。


 鍋の中を覗き込むと、食べられる野草にキノコなどが入っていた。それに卵⁉



「ちょっとアテナ? 卵何てどうしたの? 他の食材もそうだけど?」


「フッフッフ。森で採ってきたんだよ。卵は、偶然木の上に、鳥の巣を見つけたの。可哀そうだけど、私達も栄養をつけないとだし。木によじ登って、採取したわ」


「木……木によじ登って⁉ ア、アテナにこういう才能があったなんて……」



 アテナは、これ見よがしにドヤ顔を見せつけてきた。



「ウフフ。こういう事を、いったい誰に教わったのかしら?」



 アテナは、少し考える素振りを見せた。



「色々な人にだよ。爺でしょー、お父様でしょー、ゲラルドでしょー、爺でしょー、お城のメイドのお姉さんや、たまにお城に来る冒険者や偉い人でしょー、爺でしょー、お城の兵士も色々教えてくれる人がいるしー」


「ぷふふー、もう笑わせないでよ! 何人、爺がいるのよー」



 アテナは、頭を摩って笑った。この子はこんな状態でも、私を元気づけようと明るく振る舞ってくれている。常に考えて正しい行動ができる。アテナには、沢山の人に愛される人生を送って欲しいと改めて思った。



「とにかく、色々な人から面白い話を聞いて知ったの。あとは、ご本かな。ご本を読んで得た知識」


「なるほど。アテナはなかなかの、博識さんなのね」



 アテナの話を聞きながらも、アテナが作ってくれたスープを口へ運んだ。美味しい! この小屋に塩とか調味料も置いてあったんだ。傷の手当てに、こんな美味しい料理を作れるなんて……本当に私は驚かされてばかり。


 食事を終えると、私はアテナをぎゅっと抱きしめて横になった。私の胸の中で、甘えた顔をするアテナ。こんなに頑張っているアテナには、沢山甘える権利があると思った。もう少し、ここで休んでから出発しよう。


 帝国軍も私達を追ってきているけど、間違えなくセシル達も私を捜索してくれているはず。このまま逃げ続けて凌ぎきれば、きっとセシル達が私とアテナを見つけ出してくれるはず。


 そう強く願って眠った。


 ――――翌朝、なんだか外が騒がしくて目を覚ました。窓から外の様子を覗き見ると、何十人もの武装した兵士が小屋の周りを囲んでいた。



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