第1222話 『走れ、ロイ その1』
まるで激しい波に呑まれ、岸に打ち上げられたみたいに、岩場に落ちて転がったオレとダンカン。でもサソリ野郎の餌にならずに済んだ。
「大丈夫、あなた達!!」
仲間によって岩場に置き去りにされたジェンて名前の女が、オレとダンカンに声をかけてきた。自分だって、怪我を負って血だらけになっているのに……ふむ、このジェンって女もきっといい奴なんだろう。じゃあ、このルシエルちゃんが助けてやんねーとな。ったく、しかたねーなー。
まだ痺れている身体に鞭を打つようにして、気合を入れる。そしてロイの方に視線を移す。
荒野の向こう。だいぶ距離を稼いだようだが……あのオレやジェンを見殺しにしようとした奴ら……あいつらは、嫌な野郎だ。でもアテナなら、きっと助けようとするだろうし、このままサソリの餌になると解っていて放ってはおけないよな。
「ダンカン、サソリは全部で何匹だ!!」
「サソリ……俺が確認したのは、全部で3匹だ。でも正確じゃねーかもしれん。なんせこのヘーデル荒野の至る所に、ジャイアントスコルピオンは生息しているしな」
なんとまあ……よくもトリスタンは、こんな場所をアテナとモラッタ達との対決場所に選んだもんだ。ラプトルもそうだけど、この荒野にはかなり危険な魔物がうようよいんぞ。つまりトリスタンは、アテナの事をそれだけ高くかっていたのかもしれないな。
いや、そんな事は今はどうだっていい。そんな事よりも、今はもっと大変な事がある。それに、気づいてしまった。
「まてよ……ちょっと待て!」
「どうした、ルシエル!」
「さっきサソリ野郎に襲われた時、けっこー危なかったよな」
「ああ、そうだな。でも助かった」
「助かったけど、ダンカンもオレと一緒にやられかけた。つまりサソリ野郎にとっては、人間2人分の餌を得る事ができる絶好のチャンスだったって訳だ。なのに他のサソリは出てこなかった。一緒に襲って来れば、より確実に獲物を仕留められるはずなのに、なんでだ? 3匹いるっていうのなら、他の2匹は今どこにいるんだ?」
ダンカン、ジェンと顔を見合わせる。そして互いの顔を見た後に気づく。オレ達の視線は、この岩場からどんどんと遠ざかって行くロイ達に向いた。
次の瞬間、悲鳴が聞こえた。ロイ達の方!!
ロイとトマスの先を歩く、2人の男。そのうちの1人が悲鳴を上げていた。
「ぎゃああああ!! 足が!! 足がああああ!!」
鮮血が飛び散る。悲鳴をあげた男はその場に倒れ込んだ。すると行く手を遮るように、目の前に2匹のサソリが地面から現れた。
「まずいぞ!! あれはまずい!! おおおーーーーいい!! ロイ!! 逃げろ、こっちへ早く逃げてくるんだあああああ!!」
足を鋏で飛ばされて、血まみれになって転がった男。それを目にしてロイとトマスと、もう1人の男は、完全に恐怖で固まってしまっていた。
「ええい!! ちくしょーー!! ダンカン、ジェン!! 2人とも、こっからできるだけデカい声で、叫べ!! こっちへ全力で駆けて戻ってこい!! って、あいつらに聞こえるように、大声で叫んでやってくれ!!」
「わ、解ったわ!」
「解ったが……でもルシエル、お前はどうするんだ?」
「オレか? オレはちょっと助けに行ってくる!!」
「はあ!? まて、お前!! まだ身体にサソリの毒が――」
ダンカンがそう言った時には、俺はもうロイ達の方へ向けて走り出していた。よーーし、いいぞ。毒が身体から抜けてきたのか、もう走る事はできる。多少、しんどさは感じるけど、これなら大丈夫。でもアレだな。奴の尻尾の毒。かすった程度でこれなら、もう少しも喰らってやる訳にはいかないな。
「ロイーーー!! トマスーーー!! 逃げろおおおお!!」
「早くーーー!! 早く、こっちへ逃げてきてえええ!!」
全力で荒野を走る。後方から、ダンカンとジェンの叫ぶ声が聞こえる。ジェンは出血もしているし、結構な傷を負っているようだったが、こんなにも声を出してくれるとは……オレも頑張らないといけないな!!
キシャアアアア!!
「ひいいいい!! た、たす、助けてくれええええ!! ぎゃあああ!!」
バチン!! ブシャアアアア!!
男は、足を斬り飛ばされて地面に転がった。今度は右腕を斬り飛ばされた。思わず目を覆いたくなるような、残酷な光景に、サソリはまるで作り物のように、まったく動じない。斬り飛ばした腕に喰らいつく。そして少し齧った程度で、再び男の方を見ると大きな鋏で首をちょんぎった。斬り飛ばされた男の首があった箇所からは、噴水のように血が噴いて辺りに降り注いだ。
仲間の血で赤く染まったもう一方の男とトマスは、ここでようやく大声をあげてこちらに全力で逃げてくる。全力。そうだ、走れ!!
「ぎゃああああ、助けてくれえええ!!」
「そうだ、走れ!! こっちへ走ってこい!!」
もう1匹のサソリが逃げる男に追いつく。そのまま容赦なく身体を挟む。男は、断末魔をあげると吐血し、身体が左右に飛び散った。残るはロイと、その父親のトマス。オレは必死になって彼らのもとへと駆けた。
「そうだいいぞ、ロイ!! こっちへこい!!」
「おねーーちゃーーん!!」
ロイとトマスと合流できる。直前で、オレ達を分かつように地面からサソリが飛び出てきた。こいつは、オレを麻痺させた野郎だ。なんとなく、解るぞ。残りの2匹は、トマスとロイの直ぐ後ろまで迫っている。
キシャアアアア!!
「おねーーちゃん!!」
「大丈夫!! 今助けるから待ってろ!! トマス、いいな! オレが今隙を作るから、そしたらこっちへ駆けろ!! そして振り返らずに岩場まで一気に戻れ。サソリは3匹とも、このオレが喰いとめてやっから!!」
頷くトマス。このおっさんも、無残に死んだ男達と共に、一度はオレとジェンを見殺しにした。息子の安全を守る為だとしても、その顔には後悔と、オレやダンカン、ジェンに対する謝罪の気持ちが溢れている。
アテナなら、間違いなく気にすんなって言うな。だって人間は、間違えるものだからさ。そしてそこから何かを学んで前に進むのだ。
だからとりあえず皆、黙ってここはこのスーパーエルフ、ルシエルちゃんに任せろってんだ!!
オレは、アルテミスの弓を手に取ると、それに矢を添えて、目の前にいるサソリに標準を合わせた。
「おらっ、こいよ! このオレが相手してやんぜ!」




