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第1220話 『犠牲』



 なんだか身体全体が、痺れてきた感覚がした。これがいわゆる、麻痺っていう奴だろうか。これまで状態異常なんてなった事がないから、この経験はきっといいものになるだろう。また一つ、オレは冒険者としてレベルアップする訳だ。


 ……ここから、助かればの話だが!!


 ヒンっ!! 死ぬの怖い!!



「びゃ、びゃ、びゃぶけでぐれーーーん!!!!」



 助けてくれーーって、岩の上に避難している奴らに向かって叫んだ。しっかりと呂律が回らない。まいった。今このピンチから逃れられるなら、体裁なんて気にしている場合じゃないって思ったけど、これじゃ何を言いたいのかも上手く伝わらんぞなもし。



「お姉ちゃん、助けてくれって言っているよ!! 父さん、皆、助けてあげてよーーよ!! このままじゃお姉ちゃんが、サソリに食べられちゃうよ!!」



 ほう、あの少年はあれか。向こうにいる髭親父の息子か。なかなか利発そうなお子さんじゃないか。そうだ、助けなさい。



「ほら早く、あのエルフのお姉ちゃんを助けないと、サソリに食べられちゃうってば!!」


「待ちなさい、ロイ!! 行っちゃいけない!!」


「どうしてさ!!」


「行ったら、お前もあのサソリの魔物に喰われてしまうぞ!!」


「じゃあ、お姉ちゃんはどうするのさ!! もしかして、見捨てるの? 僕らを助けてくれようと、こっちに来て襲われたのに、僕らはこのお姉ちゃんを見捨てるっていうの!?」


「かわいそうだが、やむを得ない……」


「そんな……」



 やむを得ないとか、ゆーなよ!!  ふっ、ふっ、ふっざけんじゃねーーー!! 何言っているんだ、このおっさん!! 助けろよ、なんとかして助けなさいよーーーう!! このままじゃ、可愛らしいエルフがサソリのご飯になっちまうだろーがよ!!


 ロイと呼ばれた少年以外は、あのオレの事をねーちゃんって馴れ馴れしく呼んでたおっさんも含め諦めムード。当の本人は諦めてねーのに、オレがサソリの餌になってしまうって事を、こいつらは勝手に受け入れちまっている。


 ちくしょーーー!! なんだそりゃーー!! そんなん、絶対許さねーーぞ!! ここで死んだら、誰がアテナやルキアやらの面倒を見るんだ!! そんなの、オレしかいねーだろーがよ!! クロエやカルビだって、面倒見てやんなくちゃなんねーのによ!!


 岩場に避難している奴らの1人が言った。



「おい、これってチャンスじゃね?」


「何がだ?」



 そ、そうだよ! なんのチャンスだよ! 馬鹿な事を閃いてんじゃねーぞ! おい、解っとんのか!!



「あのエルフの女が喰われたら、その瞬間ってチャンスじゃねーかって言ってんだ」


「なんだと? そんなこと……」


「トマス、よく考えろ!! それしか、俺達が助かる道はねえ!! それに息子のロイがこんな所で大サソリの餌になんてなっちまっていいのか?」


「それでも息子が見ている!! 人道に反するのではないか。あのエルフは、私達を助ける為にこっちへやって来たんだぞ」



 おいおいおいおい、なんだなんだ。何を言い合っているんだ? このままだと、冗談抜きで可愛いルシエルちゃんが喰われちまうだろ。そんなの許せん! 助けるの一択しかねーだろがよ!!



「父さん、駄目だよ!! エルフのお姉ちゃんは、僕らを助けてくれようとして、こんな目にあったんだ。見殺しに……しかも、サソリの餌にして、その間に逃げるなんて僕にはできない」



 よ、よーーし!! いい事言ったぞ、少年よ!! その調子だ、さっさとその血も涙もねえ奴を論破して、親父を説得してオレを助けてくれ!! いや、助けて下さい!!



「やはり私にはできない」


「いや、やるんだ!! あのエルフの女が犠牲になれば、俺達5人は助かるんだぞ。それこそが、正義だろ」



 5人? もう1人、岩場で怪我をしているのか、血まみれで横になっている女がいた。足せば6人のはず。皆の視線が女に向く。



「ま、待って! も、もも、もしかして、私をここに置いていくの⁉ そんなの嫌!! 誰か私を負ぶっていって!!」


「悪いが無理だ。ジャイアントスコルピオンは1匹じゃねえ。こんな細っこいエルフのお姉ちゃんなんて、あっという間に食べられちまう。その間、俺達はできるだけここから走って逃げなきゃならない」



 もう一人が口を加える。



「確かにそうだ。それに、エルフの女1人じゃ、食い足りないだろうしな。その点、2人を犠牲にすれば稼げる時間は倍になる」


「そうだ、いい考えだ!!」



 5人のうち、2人は既に意気投合している。トマスというおっさんも、人道に外れているとは言ったものの、息子を生かす為なら、2人の意見を呑むしかないだろうな。


 残る1人、俺にねーちゃんって最初に声をかけてきた恰幅のいい男が怒鳴った。



「馬鹿げている!! この暑さだ、皆イカレちまったのか!? よくそんな選択がくだせるな!! こんな炎天下の中、サソリ共が俺等を喰おうと睨んでいる中に、女を2人置き去りにするなんてよ。正気じゃねえ! しかも他人を犠牲にして、自分は逃げるってか!! まったく、どうかしちまってるぞ、お前ら!! 言っておくが俺は嫌だね。逃げるなら、お前らだけでさっさと逃げりゃいい」


「ダンカン……」


「うるせー!! トマス、俺はあんたにこのヘーデル荒野を案内しろと雇われたが、どうやらここまでのようだ。息子を連れて、その血も涙もねえ2人と逃げやがれってんだ。俺の事は心配はいらねー、勝手にやってるさ!!」



 ダンカンっていうのか。この恰幅のいいおっさんは、なかなかの奴だな。大したもんだ。人間が嫌いになりかけていたオレの心に、優しい光が降り注いで花が咲いたぜ。でも、まだ身体が動かん。かすった程度でこれだから、まともに突き刺されていたら、もっとヤバかったな、わはは。



「やめて、父さん!! 僕はお姉ちゃんを置いていけない!! やめて、手を離してよ!! 僕はエルフのお姉ちゃんを助けるんだ!! ジェンも置いていかないよ!!」


「やめなさい、こっちへ来るんだ!! 全員は助からないんだ!! 私は間違っているとしても、息子を助ける為ならこうせざるを得ないんだ、解ってくれロイ!!」


「嫌だ、はなしてーー!!」



 オレとジェンって女を見放した男2人。それと息子の腕を引っ張るトマスは、岩場の端に行って、この場からおさらばするタイミングを見計らっていた。



「頼むから、行かないで!! お願い!!」



 ジェンが必死になって叫ぶ。その声に反応したかのように、周囲の地面がボコボコと動き出した。


 まずいぞ、このままここで寝転がっているのは、まずい!! せめて、なんとかあの岩場に移動できれば!!



「動けるか、ねーちゃん!! 今、助けに行くぞ!!」



 見ると岩場の上からダンカンが飛び降りて、こっちに向かってきていた。まずい、助けては欲しいが……この男、とても戦闘が得意なタイプには見えない。まずいぞ、まずいぞ!!

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