第1219話 『尻尾攻撃』
ゾゾゾゾゾ……
また地面が蠢く。これは、まさかラプトルって訳じゃないよな。冷静に考えてみれば、だいたいラプトルは、群れで大地を走り回って襲ってくる。対してこいつは、地面の下にいる。
「おい、エルフのねーちゃん!! 逃げろって!! ねーちゃんの足元には、今……」
ボコボコボコボコ!!
地面が大きく動いた。何かがこっちへ向かってくる。
「逃げろおおお!!」
「っしゃんなろーーー!! 姿を見せやがれってんだーー!!」
バシュバシュバシュ!!
素早く地面に3発、矢を射ち込んだ。こんもりと盛り上がったところに、矢が深々と突き刺さる。次の瞬間、辺りに砂が弾けて舞った。
ザバアアアア!!
キシャアアアアア!!
でかい、サソリの魔物。こいつは、間違いない。やっぱり、ジャイアントスコルピオンだ!!
キシャアアア!!
「ねーちゃん、逃げろってばああ!!」
「言われんでも、解っとるっちゅうに!!」
ジャイアントスコルピオンは、大きな両方のハサミで俺を攻撃してきた。二撃。最初の一撃は、サっと半身になってかわす。続けて襲ってきた二撃目は、あきらかにオレを挟んで、胴体真っ二つにしてやるぜってな感じだった。冗談じゃない! すかさず、跳躍してかわす。
更に跳んだところを狙って、三撃目がくる事を、オレは予測していた。尻尾。ジャイアントスコルピオンは、跳躍して無防備になったオレを狙って、尻尾を突き刺してきた。
「ねーーちゃん!!」
「こんな所で、こんな奴にやられてやるかってんだ!!」
素早くナイフを抜いて、弓と交差させてガード。ジャイアントスコルピオンの尻尾の一撃を弾く。ナイフは兎も角、オレの弓はアルテミスの弓と言って特別性の弓だ。一級品で、まずこんなサソリ野郎の攻撃なんかじゃ、どうやったって破壊できない。だから防ぐ事は、可能だ。
しかし尻尾で勢いよく突かれた時の衝撃は、別物。尻尾攻撃をしっかりと防いだものの、オレは後方に派手に吹っ飛ばされた。
「や、やるじゃねーか!! 今度は、こっちの番だ。きっちり仕返ししてやるからな!!」
吹っ飛ばされて着地するまでに、ナイフをホルダーにしまって弓矢にスイッチ。構える。狙って、放つ。
バシュバシュ!!
矢はジャイアントスコルピオンのハサミと身体に命中。しかし弾かれる。奴の身体がなかなかの装甲をしていた事を、ここで思い出す。
地面に着地すると、再び弓矢を構えた。狙いは、前方からこちらに迫ってくるジャイアントスコルピオンだ。
「狙って―――射る!」
今度は装甲の弱い、目玉や腹側も狙う。それか関節の隙間だ。そう思って矢を射ろうとした刹那、戦慄が走った。岩の上にいるさっきから、オレの事をねーちゃんって連呼するおっさんが大声を出した。
「ねーーちゃん!! 駄目だ!! 逃げるんだ、そのサソリは1匹じゃねーんだよ!! 他にもいて……」
うん? 他にもいて……だと? っていう事は、ちょっと待ってくれよ。整理するとこの場には、今オレが戦っているこいつの他にも、まだ1匹か2匹、サソリ野郎が隠れているってことなのか⁉
知るにしても、少し遅かった。意識は前方から迫ってくるサソリに集中していたし、気が付けば足元に大きなハサミ。別の奴が、オレの真下の地面の中に隠れていて、今腕だけ出してオレ可愛いアンヨを挟もうとしている。
真っ向から勝負すれば、こんなサソリ野郎よりルシエルちゃんのが百倍強いのは、火を見るよりも明らかなんだが……こんな奴にでもハサミでジョキンって挟まれちゃ、自慢のアンヨがぶっ飛んじまうからな。やべえ!! 反応が!!
「よ、よせええ!! うわああああ!!」
ジョギイイイン!!
慌てて後方に、跳んだ。足はちょんぎられなかったものの、今度は前方から来ている奴が、凄い勢いで突進してくる。ちくしょーー!! 何処にいるのか解らないし、何匹いるのか解らない奴らを、全て警戒しなきゃいけないのが厄介だな。
「お姉ちゃん!! 危ない、後ろーーー!!」
再びおっさんの声。いや、違う。もっと若い声だ。なんてったって、ハリがある。少年だ。おっさん達と岩の上に避難している少年がオレに向けて叫んだ。
「後ろだと⁉」
振り返ると同時に、何かが脇腹を掠めた。尻尾攻撃。後方に別の3匹目のジャイアントスコルピオン。少年の言葉に反応して、咄嗟に身体を捻って直撃は免れたものの、尻尾の先が脇腹を掠めてえぐった。
「ぐはああっ!! いってーーー!!」
痛みを感じている間もなく、着地するなり転がって、サソリ共から距離を取る。弓。
「あんの、野郎!! もう、許さねえ!! 全部、このオレ様が退治してやる!!」
正面を見ると、オレの脇腹をえぐったサソリはもういない。他の2匹もその姿は見えない。しまった、また地面に潜りやがったな。卑怯な奴らだ。
ぐらり……
次の瞬間、足がぐらついた。目眩と吐気。なんだ、どうした? どうしたんだオレ。
「お姉ちゃん!! エルフのお姉ちゃん!!」
少年が叫ぶ。今会ったばかりだというのに、なんて心配そうなつらをしているんだ? 大丈夫だ、何も心配ない。なんてったってオレは、Aランク冒険者のルシエルちゃんだからな。
だけど、やっぱヤバいかもしんない。急に眼の前がチカチカとして、前のめりに倒れた。あれ? 妙だぞ、身体が言う事をきかない。これって……もしかして、普段から肉とかばっか食っているから、不整脈とかなんかそういう奴か、もしかして!! 嘘だろ⁉
今度はおっさんが叫んだ。
「ねーーちゃん!! そいつは、サソリの毒だ!! 毒にやられたんだ!!」
毒? そんなの聞いてねえぞ。ガンロックでチギーと一緒に戦った時だって……ってあの時は、尻尾に刺されてなかったんだっけな。あー、そりゃ知らねえわ。
あの戦闘の後でも、ルキアの持っている魔物の本を借りて、少しでも読んでおけば良かったかな。
いや、勉強は嫌いだし、ジャイアントスコルピオンの尻尾に毒があると予め知っていたとしても、今の攻撃は喰らっていただろう。ここは潔く受け入れ……って、受け入れられっかよ!!
吐気。目眩。その場に倒れて朦朧としていると、目の前の地面がボコボコと動きだした。
まずいぞ、こりゃ。どうにかしないと、このままじゃオレは、サソリ野郎共の餌になっちまうぞ!! ちくしょーー、身体よ動いてくれ!! もしくは、アテナ、助けに現れてくれーー!! アテナよーーーい!!




