第1218話 『以前にあったような……』
はあ、はあ、はあ……
ぜえ、ぜえ……ここまで、来ればいいだろう。
炎天下の荒野の中を汗びっしょりに駆けて、アテナから逃げ伸びた。もちろん逃げながらもルキア達、仲間のいるキャンプを目指してだ。目指しながらも、恐ろしい大魔神アテナの怒りから、逃げる為に必死で走った。それでようやく、捲いた。捲いてやった。
フヘヘ、やっぱ足の速さは、アテナよりもオレの方が上のようだな。人間、得手不得手っちゅうのは、あるもんだからな。確かに剣の腕や徒手格闘に関しては、アテナに軍配があがるだろーけどよ。足の速さとか可愛さ? あと、可愛さと可愛さ! そーゆーのんは、まあオレのが上よ。ウヒャヒャ。
今頃、アテナの奴、オレよか汗びっしょで、バテバテに疲れてやがるぜきっと。そしてオレが先に行っちゃったもんだから、物凄く寂しくなっちゃって、荒野のドドど真ん中で泣いちゃっているかもしれない。フフン。
そしたら、アレだな。ちょっとしたオレのこんな小さな茶目っ気に、目くじらを立てていた事をふかーく反省して、許してくれるかもしれん。いや、許すべきだろう。いや、許しなさい。
こんな可愛いエルフ、見ているだけで癒されるんだから、許さないでどうする? な?
っていうか、それはまあさておき……
まいったぜ!!
アテナの魔の手からは完全に逃げ切ったものの、ここがどの辺りだか検討もつかない。
唯一解っているのは、ここはパスキア王国にあるヘーデル荒野のど真ん中って事だけで、夢中でめちゃくちゃに走って逃げたから、自分のキャンプを目指してはいたものの、どっちにそのキャンプがあるのかも解らないし、既にもといたモラッタ達のキャンプですら方向が解らない。
いやー、まいったまいった。どうすればいいのか。
こういう時に、ノエルかルキアが居れば……いや、小言を言うだけで大して役にたたんな。下手をすれば、ルキアなんて、「アテナ姉さんに逆らうからやー! アテナ姉さん、こんなエルフやってしもーておくんなましー」とか、言い出しそうだしな。やっぱ、ルシエルちゃん1人でなんとかするしかない。
「しーーんぱーーい、ないさーーーーあああああ!!」
荒野の果てに向かって叫ぶ。しかし返事は返ってこない。ただただ、容赦ない太陽がオレから水分をもっていきやがる。くへー、暑い!! オレは本来、森が生息地だぞ!
やーー、グチグチ思っていても仕方がない。前向き、前向き! 何はともあれ、皆がいるキャンプに戻らないとな。荒野。何処までも広がる変わらない地形。ぐるっと見回して溜息を吐く。
「どっちだー。オレのキャンプは、どっちよー。まいったなー」
こんな事になるなら、アテナからあんなにはしゃいで逃げなければよかった。大人しく怒られておけばよかった……でも、あんな顔で追いかけてくるんだもん。思わず逃げちまって、それで逃げているうちにどんどん楽しくなっちまって……オラ……ぐすん。
「まあ、泣いていてもなーーんも解決しねーわ。とりあえずこのヘーデル荒野は、荒野の中でも小さめって誰かが言っていたしな。探しゃ、すぐにキャンプなんて見つかるだろう。わははは」
楽観的になって、歩きだす。でも暫く歩いていると、無性に喉の渇きに襲われる。
「何処かにオアシスとか、水場はないのか? 喉が異常に乾いてきたぜ」
照り付ける太陽。ひび割れた大地。
こっちにキャンプがあるはずだと思う方へ向かいつつも、水を探した。こういう時にマリンがいてくれりゃ、いくらでも魔法で水を出してもらえるんだけどな。今更言っても仕方がない。
「おや、あれなんだ?」
少し離れた場所に人がいる。ひい、ふう、みい……5人か。しかもその手前には馬車。あれ? 人が倒れていないか? どうしたんだ、もしかして何かあったのか⁉
「おおーーーい!! 何かあったのかーーー!!」
叫んだけれど、ここからじゃ聞こえない。俺は、荒野のど真ん中でなぜか突っ立っている奴らの方へと駆けた。どうしたんだ、何かあったのか?
奴らに近づいていくと、状況が見えてくる。
ここから確認できるのは、5人と倒れている1人の計6人。しかもどういう訳か、全員が平たい岩の上に乗っていて、寄り集まっているように見える。近くには、半壊した馬車と散らばった積み荷。そして不思議な事に……馬車を引いていただろう、馬が1頭もいない。
うーーん……あれ? この状況、前にも一度あったような気がするな。なんだったか。思い出せ、オレ。
「おおーーい!! おおーーーい!!」
人が寄り集まる方へと急ぐ。手を振って叫んだ。すると向こうからも、何人かが手を振り返してきた。何か、叫んでいる。
「逃げろーー!! 逃げるんだーーー!!」
おうん? 逃げろって言っているのか? どういうこっちゃな?
「こっちへ来るなーー!! 危険だああああ!!」
「お願いだ、誰か助けを呼んできてくれーー!!」
必死に叫んでいる。どうやら奴らは、オレに近づいて欲しくないみたいだ。でも助けを求めてはいる。つまり状況などから推測するに、奴らは何かに襲われたって事か。だとすれば、いったいなにに?
また何か思い出しそうになった。前にもこれによく似た事がどっかであったんだよな。なんだっけか?
「おい、そこのエルフのねーちゃん!! 逃げろ、危ないって!!」
声がはっきりと聞こえる距離までやってきてしまった。背負っていた弓矢を手に取る。
「おいおい、だから早く逃げろって!! そして近くの街か王都まで行って、助けを呼んできてくれ!! 頼む!!」
「襲われたのか! 賊か魔物か、どっちだ?」
「魔物だ!! 奴らは……」
ゾゾゾゾゾゾ……
直ぐ近く。襲われたと言った男達がまるで避難しているかのように乗っている平たい岩。その近くの地面が、奇妙に蠢いた。
そうだ、あれは確かガンロック王国だ。ガンロックからノクタームエルドに入る時にチギーに馬車で送ってもらって、これによく似た事があったんだった。
そういや、ここの地形。あの時の場所と、瓜二つだぞ。




