第1205話 『ぶつかり合い その2』
遠くで爆発音が聞こえた。近くでは、声援。目を向けると、かなり離れた場所でガスプーチンらしき奴が、ペガサスに乗って空を飛び回っている。そして、空から火球を放つガスプーチンと、地上から同じような魔法で応戦しているルシエルが見えた。まさに魔法使いと、精霊魔法使いの対決。
そしてこっちでは、あたしがデカテリーナとの一騎打ちに突入。旗のある辺りからは、アテナとルキアが頑張れとあたしに対して止まない声援を送ってくれていた。
「うぬううううんん!!」
スレッジハンマー。デカテリーナの重い一撃を、あたしは愛用のバトルアックスで正面から受け止めた。凄まじい衝撃。だが、ジジイと比べると、こんなもの触れられた程度だ。そのまま押し返してやろうとすると、バトルアックスとスレッジハンマーで鍔迫り合いになった。
ギギギギギギ……
「ノエル……かなりやるな。最初に見た時、その身体に似つかわしくないバトルアックスを目にした。それでお前は、アテナ王女の護衛の中で、一番の強さと怪力を誇ると悟った。私の目がくるってはいない事が、この場で立証された!!」
「怪力ってのは、当たっているかもだが……強さはアテナの方が強いぞ。言って悔しいが、残念ながら正直、あたしはナンバー2なんだよ」
そう言ってチラリと、向こうの方でガスプーチンと魔法合戦をしているルシエルを横目に見る。
「フンッ、ならばやはり間違っていない。お前は、護衛の中では一番だという事だ。私は女として生まれた。パスキア王国ギロント将軍の娘だ。本来ならば、モラッタやデリザと同じく着飾ってドレスの似合う女になるべきだった。しかし私は、生まれつき身体も大きく筋肉質で戦う事が好きなのだ!!」
ガキン!! ドガーーーン!!
デカテリーナの人間離れした怪力。鍔迫り合いから、あたしの斧を勢いよく弾くと、スレッジハンマーを片手でサっと素早く振り上げて振り下ろしてきた。
受け止められない事はないが、かなりの衝撃を予想したあたしは咄嗟に避ける。デカテリーナの放ったスレッジハンマーが、ヘーデル荒野の硬く乾いた大地をえぐった。大地が震えたような気がした。
デカテリーナは、あたしを目で追う。そして向こうであたしに、止まない声援を送ってくれているアテナをチラリと見ると、またあたしに眼を向けた。
「アテナ王女はとても可愛らしく、女のこの私の目から見ても美しい。その性格は、優しく慈悲深いとも聞く」
「そうだな」
「アテナ・クラインベルトは、一国の王女。それに相応しい美貌も、兼ね備えている。私もこのパスキアではギロント将軍の娘で、姫とは呼ばれてはいるが……この見た目だ。女としては驚く程の巨体に、筋肉質の身体を見れば、男は逃げ出す。普段はドレスを着てモラッタやデリザのように着飾っているつもりだが、私程ドレスや化粧の似合わぬ女もいないだろう」
「そうか? それ程、気にすることか、それが? 外見でしか人を計れないような奴の目を、気にする必要もないと思うがな」
「将軍の娘であり、姫と呼ばれる以上は気にもする。だが少なくとも、父や母は私を愛してくれている」
「それが親だ。子を愛している」
「そうだ。しかしカミュウ様は、私のような巨体で筋肉質な女は、お好きではないだろう。アテナ王女のような、可愛いらしい方がお好きなはずだ」
「それはあたしに言われても、解らないが……」
「ふぬううっ!!」
「うおっ!! この!!」
ガギンッ!!
デカテリーナがまた打ち込んできた。そこから何合も打ち合う。攻撃を繰り出し、受け止める斧から伝わる衝撃。時々、金属がぶつかり火花が散る。
「カミュウ様は、私を選ばない。それは解っている。それは解っているが、だがしかし、諦めるとしても、自分じゃとてもつりあわないとしても、私はカミュウ様に自分の想いを伝えたいのだ。それこそが、意味のある事だと思っている。殿下に、私の気持ちを知ってほしい」
デカテリーナもモラッタもデリザも、ガスプーチンの何か良からぬたくらみのようなものに、きっと利用されていると思っていた。あたしにとっては、よその国の問題だし、アテナがもとの冒険者生活に戻ってきてくれれば他国の事などどうでも良かった。
だがこのデカテリーナという女は、強い。ただデカいだけの女で、アテナとカミュウの縁談に対して出てきた、当て馬程度の存在にしか思っていなかった。
デカテリーナには、デカテリーナの気持ちがあって、このアテナとの対決に参加したのだと改めて思った。
「ノエル!! お前は強い!! 驚く程、強い!! しかし、私のようなデカい女の気持ちが解らないだろう!! 男は、もっとスレンダーでエレガントな女を好む!!」
バトルアックスを大きく振りかぶると、地面に突き刺した。そしてデカテリーナと向き合う。
「男が好む女がどうかだなんて、あたしは知らん! それにデカテリーナ、あんたはデカい女の気持ちが解らないと言ったが、あんただって小さな女の気持ちなんて知らないだろ。あたしは、こう見えて18歳だ」
闘志に溢れていたのに、あたしの年齢を知って急に驚いた顔をするデカテリーナ。まさかもっと下に見えていたのか?
「なるほど、私はコンプレックスの塊のような女だ。ノエル、お前とは違う。お前は堂々としている。そんなに小さいのに」
「小さい言うな! 少しは気にしている!」
デカテリーナは、スレッジハンマーを遠くへ投げ捨てると今度は素手で構えた。ファイティングポーズ。あたしもそれに応えた。アテナとルキアの声援が続く。
「いっけー、ノエル!! 力も実力もあなたの方が絶対上よ!!」
「そうですよ!! 負けないでください!!」
あたしが先にのした女達も、よろよろと起き上がると、デカテリーナを見て加勢しようとした。するとデカテリーナは、それを制した。これは1対1の勝負だと。勝負の邪魔をするなと。
「流石は、将軍の娘だな。でもこのままあたしと戦いを続けるなら、大怪我をするかもしれないぞ」
「それはこちらのセリフだ。ノエル・ジュエルズ」
デカテリーナはそう言って、あたしの顔を真っすぐに見た。迷いはない。
あたしは、地面を強く蹴ってデカテリーナと距離を詰めると、大振りのパンチを放った後、そこから間髪いれずにパンチのラッシュを浴びせた。デカテリーナも、その巨体からは想像できない程の、反撃の連続パンチを放ってくる。時折、顔面に向かって飛んでくる、大砲さながらの膝蹴り。
デカテリーナと、クロスレンジでの格闘戦の応酬が始まる。するとあたしの後方からは、アテナとルキア。それに対してデカテリーナの後ろからは、彼女の仲間の声援が飛び交い辺りを包んだ。