第1204話 『ぶつかり合い その1』(▼ノエルpart)
アテナとカミュウの縁談の話。そのまま何事もなく淡々と縁談を進めて、エスメラルダ王妃に義理を果たしたと思ったら、その時点で縁談をご破算にして、私達はまた旅に出ると思っていた。
だがこの話は、あたしにも考えが及ばない方向へと変わって行った。
アテナの前にガスプーチンという嫌味な野郎……パスキアの宮廷魔導士がしゃしゃり出て来て、話を引っ掻き回し面倒臭くしやがった。本当に面倒くせー。なんなんだ、あのオッサンは!
そしてこの縁談の話に、対抗馬を出してきやがった。3人の対抗馬。どれも見た目も性格も異なった個性的な姫様で、あたしが思うにはガスプーチンの息のかかった姫様達だと思った。
その姫様のうち、誰かがカミュウのお相手となり結婚すれば、ガスプーチンは更に王宮内で力を持つことができる。謀略っていうのかなんていうのか、あたしには解んねーけど、こんな所だろうと思っている。
それでその姫様達と縁談相手の座をかけて、最初に二勝した方の勝ちという勝負を始めたんだけど、嫌味なガスプーチンや、アテナを敵視するセリュー王子やパスキア四将軍、それに本人は無自覚かもしれないが、なんだかんだでおちょくってやがるフィリップ王やその家臣に当てられてか、エスメラルダ王妃とアテナの闘志がメラメラと燃え上がっちまってな。
縁談を反故にする気がバリバリなアテナにとっては、このまま嫌な奴らのやりたいようにやらせて、パスキアから脱出すればいいのに……勝利して力を見せつけた上で縁談を断るつもりとか、訳の解らない事を言いだす始末。まったく、なんてこった。
フン。まあ、あたし的には喧嘩は好きだし、それが腕比べや勝負事となれば望むところでもある。心踊る殴り合いなら、嬉しい限りだ。更にアテナがこの先も、あたし達と旅を続けてくれるというのなら、何も問題はない。
そんな訳でその対決第二回戦、このあたしも参加する事になり、このパスキアでも極めて荒れた土地、ヘーデル荒野でキャンプ対決なるものをしているんだが、ようやくバトルらしいバトルになってきてワクワクしてきた。
キャンプ対決と言った所で、その勝敗条件が、互いの旗の奪い合いだという。その時点でそれは、もう喧嘩上等のバトル勝負だ。ならあたしの得意とするところ。負ける訳はねえ。
「何をモタモタしていますの皆さん! わたくしは、皆さんが腕に自信があると言ったから、こうして雇ったのですわよ。さっさとあの子をのしてしまいなさい!」
「でも、モラッタ様。あの子、驚く程に凄く強いんですよ」
「そんな訳ないでしょ! あんなに小さいのよ、どう見ても幼女でしょ!!」
幼女という言葉に引っ掛かった。あたしはハーフドワーフで、実年齢よりも若干若く見えるかもしれないが、列記としたもう大人の女だ。その証拠に、アテナよりも2歳も年上なんだ。ほら、大人だろーが、な!
周囲には、既に殴りつけて倒したモラッタの仲間が何人も倒れている。確かに腕が立つというのは、本当みたいだが……どれも綺麗な戦い方をする奴らだった。仕掛けてくる攻撃だって教科書通りというか馬鹿正直だし、これならいくらかかってきても、物の数ではない。
そう思って余裕をぶっこいていると、残っている部下達をあたしの方へ必死で押し出し、けしかけているモラッタを押しのけてデカいのが出て来てしまった。まあ、望む展開だがな。
そして出てくるなり、突っ込んできて重い一撃を喰らわせてきた。スレッジハンマーだ。あたしは、慌ててバトルアックスで対抗し、スレッジハンマーを弾いた。デカい女は、これ見よがしに上腕二頭筋をピクピクとさせるとあたしを睨みつける。こいつは、あれだ。アテナの縁談の対抗馬の1人で、デカテリーナというお姫様。いや、お姫様か!? オーガじゃないのか?
「お前には不向きな大きさの戦斧、明らかに重量もありそうだが、それをその細腕で巧に使い、私の今の一撃を弾いて防ぐなど思いもよらなかった。正直驚いている」
「あたしも驚いているよ。あんたのデカさや、その筋肉にじゃないぞ。いや、まあそれも正直驚いたが……あたしの一撃を受けてなお、体勢を崩さずにいる事にだ。そこにいるモラッタとは、全く違うお姫様なんだな、あんたは」
「能力とはひとそれぞれにある。私は、モラッタやデリザと違い、戦闘力に自信があるだけのこと。つまり花も一種類に限らぬのだ」
花……は、まあいい。なぜ戦うのかなんてどうでもよかった。あたしは、アテナの仲間だからその敵と戦う。唯一の目的。アテナが助けて欲しいというから助ける。理由は、単純明快。そうだ、あたしは仲間の為なら、できる事はなんでもしてやりたいと思うからだ。斧を振るう理由は単にそれだけで、縁談がどうとかそういうのは、正直どうでもよかった。アテナがこれまで通り、あたし達と旅を続けてくれるのなら何でもいい。
だからこの対決に関しても、あたしの情熱なんてその程度だったんだがな。デカテリーナの強さを目にして、嬉しくなってきやがった。アテナの為に、あたしはこいつをここで喰いとめるか、もしくは倒してしまうかしなければならない。
だがそれは、望む所なんだよ。あたしは戦う事、勝負事が大好きでたまらないからだ。戦闘に突入すると、自然と笑みが漏れる。
あたしが笑みを浮かべると、デカテリーナもニヤリと笑った。どうやら気持ちは同じ、同族らしい。
「デカテリーナ・ギロントだ。パスキア王国将軍、ギロントの娘である」
「ノエル・ジュエルズ。あたしが知っている限り、最強の鍛冶職人デルガルド・ジュエルズの孫だ」
「ほう、デルガルド・ジュエルズの名は聞いた事がある。伝説の鍛冶職人であり、かつて冒険者だった頃はSランクであったとか。そうか、お前はその孫なのだな。相手にとって、不足はない」
「あたしも同じだ。あんたとなら、かなり楽しめそうだ」
そう言って舌なめずりをした瞬間、デカテリーナが突っ込んできた。両手で使うスレッジハンマーを、片手に持ち替えて力任せにブンブンと振ってくる。あたしは1発目を回避しただけでその後は、愛用のバトルアックスでまた弾く。連続する攻撃を次々と吹き飛ばす。
「ノエルーー!! 頑張ってーー!!」
「ノエル、頑張ってください!! 旗は私達が守っていますから、戦いにだけ集中してください!!」
後方からアテナとルキアの声がした。そうか、旗の事は気にしなくていいのか。なら、心置きなく楽しめる。いいぞいいぞ!
「ノエルさん、頑張ってください!! 負けないでーー!!」
今度はクロエの声もした。チラリと目を向けると、エスメラルダ王妃と一緒に彼女のテントの前から、あたしの方を向いて叫んでいる。
そう言えば、そうだった。
冒険者チーム、アース&ウインドファイアとして活動していた頃、好敵手と呼べる相手とぶつかった事が何度かあった。その度にあたしは、皆にわがままを言ってそいつとサシで対決させてもらっていたっけ。
力の拮抗する強い奴と戦うのが、とんでもなく楽しいと思っていたし、気持ちが熱くなって充実していた。
あの時もそう言えば、戦うあたしの周りで、仲間の声援があって心地よかった。ミューリやファムやギブンが、揃ってあたしを応援してくれていた。あたしはきっと、戦うこと以外にも、仲間の期待に応える事が大好きなのかもしれない。
だからこの勝負も、あたしの勝ちで終わらせてやる。