第1200話 『トリスタンとアテナ』
エスメラルダ王妃は、「あの訳の解らない怪しい宮廷魔導士を、なんていいましたか!! ガスプーチン!! あのガスプーチンだけでなく、フィリップ王にまでこんなに馬鹿にされるなんて!!」と言い放ち、自分のテントに籠ってしまった。かなり、ご機嫌斜め……というか、当たり前だけどご立腹の様子。
そんなエスメラルダ王妃を見かねて、クロエがとても心配そうな顔をしていたので、暫く彼女についていて欲しいと頼んだ。するとクロエは頷いて、カルビをつれてエスメラルダ王妃のいるテントへと入って行った。
これが私だったら、「出ていきなさーーい!!」って大声をあげられそうだけど、お気に入りのクロエだからなのか、全く何も怒鳴り声も聞こえない。クロエは、優しくて思いやりがあって控えめで気配りができる。更にとんでもなく、可愛い女の子だったりするから、エスメラルダ王妃も彼女の事を凄く気に入っているに違いなかった。
とりあえずフィリップ王とガスプーチンの声を発するテントウムシは、また上空へと飛び立っていって、この場にはトリスタンとその部下1人だけとなった。
私は少し、トリスタンと2人だけで話したいと言って、ルシエル達にあとの事を任せてキャンプ場から外に出た。荒野を見渡すと、丁度いい場所に岩がある。その陰に入って、トリスタンと話を続けた。
「アテナ王女、本当にすまなく思っている。あなたとエスメラルダ王妃を侮辱するともとれる数々の無礼、お許し頂きたい」
「別にそれは、もういいってば。別にあなたの意思では無いし」
「しかし、それでは!! せめて拙者を気の済むまで殴って頂ければ……それでも、許せない事ではあると思うが! それでも!!」
「正直話すとね。もうトリスタンには、バレちゃっているかもだけど……私はこのカミュウ王子との縁談……最終的には、お断りするつもりなの」
トリスタンは、驚いた顔をした。でもやっぱり薄々そんな気はしていたのか、思ったよりも控えめなリアクション。そしてとうぜん、そう思うよねって質問をしてきた。
「ならば、どうしてこのモラッタ嬢達との対決をお受けなされました?」
「だよね。受けなければ、モラッタさんかデカテリーナさんかデリザさんの3人のうち誰かが、カミュウ王子の相応しいお相手になったかもしれない。それに私ももっと早く、もとの冒険者に戻れたかもしれないのにね」
そう言って軽く笑う。するとトリスタンは、私の目をじっと見た。真っすぐなその視線は、まるで私を見極めているようにも感じた。
「なるほど。察するに、フィリップ王の態度や、セリュー王子やロゴーを始めとする四将軍のあなたへの敵意。そしてガスプーチンの悪質なる態度……そのせいで、対決をお受けになった訳ですな」
私は、正直に頷いた。
「うん。こんな事を自分で言うのって、かなり変かもしれないけれど、私もエスメラルダ王妃もあまり人間ができていないから」
「売られた喧嘩は買う……という事ですかな」
「うん。子供でしょ? 私もエスメラルダ王妃も」
トリスタンは長い溜息を吐くと、先ほどまでの申し訳ないという謝罪の雰囲気から一転して、大笑いした。
「はっはっはっは! 確かに、自分自身で人間ができていないと公言する王族は、初めて目にしましたな」
「公言はしていないよ。トリスタン・ストラム。あなただから、言ったのよ」
「なるほど、拙者は決して口の軽い男ではありませんのでな。先程のカミュウ王子に対するお言葉は、心の内に沈めておきましょう」
「でも今言った事が全てじゃない。私があなたに伝えたかった事とは、先ほどのフィリップ王やガスプーチンとのやりとりで、パスキアがどういう姿勢で私達と向き合ってくれているのか、それがはっきりと解ったってことかな。これで今まで色々と困惑していた自分の気持ちに、白黒つけてしっかりと行動できる」
誰が敵で、誰が味方か。それだけで人や物事を判断するのは難しいとは思うけれど、友好的な人物とそうでない人を、自分の中ではっきりとさせておきたかった。ガスプーチンのやった事は、単なる嫌がらせではなくて、明らかに私達を殺してしまってもかまわないという位の事だったから。
「……ふむ」
「でもね。さっきも言ったように、この縁談は最終的にはっきりと断るって決めていたのに、カミュウやイーリス、ディディエにブラッドリー、ロイス……この国には、とても素敵で暖かい人も多くいて……凄く戸惑った。いっそこのまま思い切って、縁談を進めてしまったら、私はどうなるんだろうって……そんな事を考えた瞬間もあったかな。カミュウは優しくて可愛いし、イーリスみたいな妹ができたら嬉しいし、ここで皆で暮らすっていうのも悪くないのかもねって。でも……その考えの先にね、私はまだ、冒険や旅を続けたいって思っちゃった」
「そうですか。ならばアテナ様は、この縁談を端から断ると言われておきながらも、しっかりとカミュウ殿下と向かい合ってくださっていたという事ですな。縁談など眼中になしと言っておられたが、その実カミュウ様を知り、イーリス様を知られた。そして真剣に向き合って考え、答えを出された。だとすれば、拙者としては感無量の他は無い!!」
「あはは、そんな大袈裟な。まあ、そういう訳だから。トリスタン、あなたとブラッドリーは、合ってみて本当に英雄の風格を感じたの。だからこれだけは、話しておこうと思って」
「そこまで申してくださるとは……ならばアテナ様は、この対決を続けなさるおつもりですな」
「うん、そのつもり。もう舐められっぱなしは嫌だし、私も私の仲間も負けず嫌いばかりだからね。ガスプーチンだけには、ギャフンと言わせてやりたいって思ったし」
トリスタンと2人して笑う。
「了解した。それでは拙者はこれよりまた、この対決のジャッジとしての役目に戻る所存。もはや言わずとも知れた事だが、フィリップ王を始め、この対決を観戦しておられる方々は、単なる余興としてしかこの勝負を見ておられん。気分次第で、パスキア側であるモラッタ嬢達を有利にするであろうし、宮廷魔導士のガスプーチンが、何かを囁けば耳を傾ける人がフィリップ王だ。無礼を承知で申させて頂くが、ブラッドリーも拙者と同じく我らは揃って、アテナ様の事を心底素晴らしいお方だと思っている。だからこそ、気をつけて行動をされよ」
「あなたにそんなふうに言ってもらえるなんて、この上ない光栄な事だわ。ありがとう。トリスタンも、この勝負の事で何か思う事があっても、自分の立場を大事にして欲しい。あなたの正義は、忠義にこそあると思うから。それと心配してくれなくても、私は絶対勝ちたい相手には必ず勝ちに行くから」
そう言ってウインクを決めると、トリスタンは豪快に笑った。本当に裏表の無い真っ直ぐな人。話し終わった所で、トリスタンの部下がペガサスをつれてこちらに歩いてきた。ここで、トリスタンとは笑顔で別れた。
さあ、明日からはいよいよ旗の奪い合いに突入する。強引に旗を奪う訳だから、とうぜん直接的な戦闘になるはず。そしたら、そういうのに慣れている私達の勝利に間違いはない。




