第120話 『ミラールとバーン』 (▼ミラールpart)
――あの日、僕らの村は賊に襲われた。
僕らは、賊に捕らえられて、奴隷として何処の誰かも解らない者達に売り払われかけた。日々の生活を送っていた最中、唐突に絶望と言う名の奈落の底に叩き落され、希望の欠片も失った。だが僕らの前に、偶然アテナが現れてそんな僕らを救ってくれた。
あれから、僕らは息を吹き返したかのように、前を向いてそれぞれの目標に向かって生きている。エスカルテの街へやってきてからは、冒険者ギルドの関係者の皆さんとギルドマスターのバーンさんに凄くお世話になっている。だけど、いつまでもお世話になり続けるのも気が引けるし、こんな大きな街でただただ悪戯に時を重ねると言うのも非常にもったえないと思った。死んでしまったレーニやモロにも、ちゃんと顔向けできるように僕達は色々な事に挑戦して、しっかりと生きていかないと。
だから、僕達はそれぞれ自分達の夢に羽ばたく事にした。
最初に行動を起こして、僕らにその道を示してくれたのはルキアだった。ルキアは、アテナの事が大好きになった。そして同じように冒険者になってアテナと共に冒険したいと言って旅立った。
ルキアは、昔からしっかりしていて妹のリアの面倒もよく見る子だった。だけど、あまり自分自身の事を主張するような性格じゃなかった。だからあのルキアが、冒険者になりたいと言った事は僕ら全員驚いた。ルキアは本当に、冒険者ギルドで冒険者として登録し、アテナとパーティーを組んだんだ。自分のやりたい事を叶えたんだ。
そんな輝かしいルキアを目にして、僕らもルキアに負けてられないと思った。
ロンは、バーンさんに連れられて行った飲食店の料理の味に感動して、料理人を目指すと言い出した。それからは、早かった。そのお店のオーナーに頼み込んで、今は住み込みで働かせてもらっている。
クウとルンもそうだ。
バーンさんが、用意してくれた家で暮らしていたが、ロンと同じくミャオさんのお店で住み込みで働かせてもらっている。僕はお店までは入った事があるけど、クウが言うには、ミャオさんの家は3階建てで、1階がお店、2、3階が住居になっているらしい。部屋数もあるけど、ミャオさんがそこで一人暮らししているらしく、普段の掃除なんかも大変だから、いっそうちで働くなら一緒に住めばいいという事になった。
そして僕だけど、僕にもやりたい事ができた。実は、ルキアと同じく冒険者になる事だった。正確にいうと、冒険者というか、冒険者関係の仕事。
ルキアはアテナのようになりたいと思っているのに対して、僕はというとバーンさんに憧れている。バーンさんのようになりたい。
エスカルテの街の冒険者ギルド、ギルドマスター、バーン・グラッド。
それからというもの、僕もバーンさんにお願いして弟子入りさせてもらった。冒険者ギルドで、書類の整理や受付のお姉さんの手伝い。掃除とか雑用とか。ご飯の時間は必ず、バーンさんが「ミラール、飯食いに行こうぜ」と誘ってくれる。空いた時間は、剣の稽古も付けてくれた。
いつの間にか、バーンさんは僕の憧れであり兄とか父親とかそういう感じになっていた。
今日も、朝から冒険者ギルドに出てオープン前の掃除をしている。
それが終わった所でバーンさんが現れて、僕に汗を拭けとタオルを投げてくれた。
「ミラール! 掃除終わったかー?」
「はい! 終わりました!」
「よっしゃ、そんじゃ朝飯食いに行こうぜ」
「はい!」
ロンの働いている店に行くのかと思ったら、今日は別の店に入った。
店の感じは凄くおしゃれな感じで、とても声には出せないけどバーンさんには似つかわしくないと思った。バーンさんはどちらかというと、もっとこう大衆向けの……
「俺、このベーコンとキノコの森の香りクリーミーパスタにしーーよおっと! それと、サラダと珈琲な。お前は何食べる?」
「あ! はい。ぼ、僕も同じものにしようかな?」
「おい、ちゃんと自分の好きなもんを探して頼め。こんなにメニューがあるのに、大の男が同じもん注文しておいしいねって食べてたら、変な感じに思われるかもしれねーだろー?」
「へ、変な感じ? 変な感じってなんなんですか?」
「変な感じっていやー変な感じなんだよ!! 俺のイメージが悪くなったらどうすんだよ?」
バーンさんは、そう言いながらもウェイトレスをチラチラと落ち着き無く見て様子を伺っている。明らかに好意をもっている素振りだと気づいた。
「ああ、やっぱりバーンさん、あのウェイトレスさんの事……」
「うるさい! 俺の事はいいんだよ!! ん? ああ! そー言えばそうだったな。今ので思い出した! お前は、クウちゃんが好きなんだっけ? それともあれだな。アテナに惚れてしまったんだっけ?」
「そそそそそ、そんなこと!! バババ、バーンさん!! いきなり、何を言って!!」
まさかの反撃に、僕は顔が真っ赤になった。
バーンさんは、そんな僕の表情を見てにっこりと笑うと、手を挙げてウェイトレスを呼んだ。
「ご注文お決まりですか?」
「はーい! 決まりました! えーーと……」
バーンさんの鼻の下が伸びていた。ウェイトレスを見ると、物凄く美人な人。
なるほど。僕は悟った。
いっつも、大衆向けの冒険者やゴロツキのいそうなお店ばかり好んでいくのに、こんなおしゃれな店に朝食を食べに来るなんて可笑しいと思ったんだ。
「ほら! ミラール! 頼め! 優柔は、モテねーぞ。クウちゃんや、アテナに嫌われたくないだろ?」
「ななななな、なぜ僕が優柔で、クウやアテナが話に出てくるんですか! それに、僕は優柔じゃないです!」
「それなら、早く決めろよー」
「じゃあ、旬の幸・鮑の特性ソースパスタでお願いします」
「おいおいおい! それ、高いやつだろ⁉ お前なあ、朝食でそんなの食うか?」
「そんな事を言っていると、モテませんよ」
僕らのやり取りを聞いて、ウェイトレスが笑った。
「もういいよ! じゃあ、好きなの頼めよ! あと、サラダ食えよ。飲み物も頼め!」
ガタッ
「何処へ行くんですか?」
「ちょっと、トイレと煙草吸って来るー」
バーンさんが席をたった後、ウェイトレスが注文を繰り返し、一礼して僕の顔を見た。
「あの? 何か?」
「バーンさん、たまにこのお店に来てくれるのだけど、今までは一人で来てて。いつも黙々と食べて出ていくの」
「はあ」
「私が勝手にそう思っているだけなんだけど、その姿がなんとなく寂しそうに見えて。でも今日は、あなたと二人で初めてお店にやってきて、物凄く楽しそうにしているから、私もなんだかとても幸せな気持ちになっちゃって」
「はい。でも、僕にはいつもと変わらないような気もしますけど」
そう言って笑うと、自分の噂をされていると察知したバーンさんが慌てて帰って来た。
僕は、そんなバーンさんを見て笑っていた。
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〚下記備考欄
〇バーンの最近よくランチに行くお店のウェイトレス 種別:ヒューム
39歳。落ち着いた感じで、包容力があり清潔感のある彼女と知り合ってから、バーンはよくこの店に通っている。しかし、いつも一人。エスカルテの冒険者ギルドは、大きくて働いているものも多い。なのにバーンは同僚と一緒にこの店に訪れた事はないのに、ミラールを連れてきた。それは、バーンがミラールをもはや自分の家族と一緒だと思っているからなのかもしれない。




