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第1199話 『ガスプー……』



 上空にフワフワと浮いて、飛行するテントウムシ。その中の1匹がトリスタンの合図で、私達のいるこの場までおりてきた。


 テントウムシの本当の名称はハイレディーバグといって、昆虫系の魔物だった。パスキアの王宮からこのヘーデル荒野に送り込まれてきた虫で、私達のこの対決を王宮にいる者達にも観戦できるように、映像を中継している。


 だからここに送り込まれたテントウムシには、映像を取り込む特殊な宝石のような魔導装置が取り付けられていた。しかし今、1匹降りて来たテントウムシに取りつけられている装置は、他の虫が持っているものとは明らかに形状が違う。



「テス、テス! テスーー! こちらパスキア王都からじゃ。聴こえておるか、エスメラルダ王妃よ。聴こえておるなら、返事をしてくれ」



 フィリップ王の声。なるほど、この他のと違う装置を持っているテントウムシは、映像ではなく音を送る役って訳ね。


 エスメラルダ王妃は、軽蔑するような目でキっとトリスタンの顔を睨むと、フィリップ王の声がする装置に向かって言った。



「フィリップ王。先程までのストラム卿とのやりとりは、聞いてらっしゃったのですか? それならこの件について、どうお考えかお聞かせ願いたいものですね。まさかとは思いますが、ガスプーチンのした事を許すと言われるのではないでしょうね」


「ふむ。その件だが、そちらの怒りは最もじゃ。しかし余は、この件でガスプーチンを罰する気はない。そしてこのヘーデル荒野での対決に関しても、続行すると申しておこう」


「そのような事、納得がいきませんわ。わたくしが、納得できるようにご説明頂けるかしら」



 今にも怒りで、爆発しそうなエスメラルダ王妃。フィリップ王の声の感じから、彼女の怒りに押されている事は明白だったが、同時に王は下した結果を変える気はないようだった。


 こうなってしまっては、この勝負を降りて縁談を取りやめ、大人しくさっさとクラインベルトへ帰るか、もしくはこのまま我慢して続行するかの選択しかない。それは、彼女も理解している。



「トリスタンは、見ての通り真面目な性格ゆえ、これ以上の責任を1人に押し付けるのはメアリーや娘達が酷じゃというてな。それで余自ら、この件について説明させて欲しいのじゃがな」


「おっしゃっている意味が解りませんが!」


「ふむ。はっきり申すが、エスメラルダ王妃のいるこのキャンプに肉塊を投下したのは、ガスプーチンであったとしても、余は罰っするつもりはない。あれは、誤解なのじゃ。そちやアテナに食べてもらおうとしての事と、本人も言っておるものであるしの。差し入れじゃったのよ」


「差し入れですって!? そんなバカバカしい事を言っているのは、いったい誰ですか⁉」


「余と皆で話し合って、そう判断した事じゃ。それとガスプーチンじゃがな……今、ここにおるので、本人から直接話を聞くが良い」


「はあ!?」


「エスメラルダ王妃。ガスプーチンでございますぞ」


「人を殺そうとしておいて、あなたはよく、わたくしの前でそんなセリフが言えますね!! わたくしは、あなたのやった事を許すつもりはありませんよ!!」


「いやはや、これはどうしたものでしょうか? 陛下も先程申されておりましたが、完全なる誤解でございますゆえ」


「誤解? あなたのせいで、もう少しでルキアは大怪我をおっていたかもしれません。いえ、死んでいたかも。わたくし達もそうですよ。あたながここへ連れて来たラプトルの群れによって、わたくし達は皆喰い殺されていたかも。ああ、恐ろしい!! わたくしは、絶対にあなたを許すつもりはありません!! それでも、言い訳はするのでしょ? だったらしてみなさい!!」


「ふぬーー、やはりこれは完全なる誤解でございますな。そもそも拙僧は、この通りずっとこの王宮におりますゆえ。誰かと見間違われたとしか言い様がありませぬな」



 はっきり言って信憑性は皆無。ガスプーチンがこのキャンプを襲撃してきてから、もうかなり時間も経っているし、ペガサスに騎乗しての移動なら、空を飛行してあっという間に王都まで戻れる。とうぜん、ここにいる全員、それに気づいている事だった。



「この期に及んで、つまらぬ冗談を言っているのですか? エドモンテを出しなさい。エドモンテもそこで、わたくし達の対決の中継されている映像を見ているのでしょ。ガスプーチンが、ずっと王宮にいた確証があるか話を聞きます」


「いやはや、残念ながら、エドモンテ様は今はこちらにおりません」


「どういう事です?」


「今は、席を外していらっしゃいますな」


「あなたが外すように仕向けたのではありませんか⁉ それなら、ブラッドリー! ブラッドリー・クリーンファルトを出しなさい!!」


「申し訳ありませぬが、この件につきましては、王宮魔導士である拙僧に一任されておりますゆえ。どうしても、納得がいかないというのであれば……仕方ありませんが、この対決は拙僧共の勝利という事になりますゆえ、ご理解頂きたく存じます」



 やはり、選択は二つしかない。もともとここはアウェイなんだし、こうなる事も想定していたはず。しかもガスプーチンは、今確かに拙僧共の勝利と言った。この勝負は、私とモラッタさん達の勝負のはずなのに……


 エスメラルダ王妃の怒りは、なんとか噴火するまでには至らなかった。彼女も国同士という事を考えて、ギリギリの所で我慢はしている。


 けれど、このまま勝負を続けていても、どうにもならないと悟ったエスメラルダ王妃は、また激しく抗議しようとした。私はそんな彼女を遮り、ガスプーチンの声がするテントウムシの前に進み出て言った。



「解りました。もういいです」


「アテナ!! わたくしは、まだ……」


「もういいです。私はこの対決をここで降りるつもりはない。だったら続けるしかないでしょう」


「…………」


「おおーー、ご理解頂きまして、誠にありがとう存じます。流石は、名高きアテナ様!! お噂以上の聡明さでございますな!」


「はいはい、そうね。でもガスプーチンさん。この話はここまでとしても、この対決は女性しか参加できないのに、あなたがそれに参加していること。これについての説明は、ちゃんとしてくれないとね」


「ええ、ええ! もちろんでございますとも。先にご説明いたしました通り、拙僧はずっとこの王宮におりましたぞ。それはセリュー殿下やパスキア四将軍の方々が、確かな証人となってくださっておりますゆえ」



 セリューにパスキア四将軍が証人って……言い返すのも馬鹿馬鹿しい。



「それで、あのペガサスに乗っていた、あなたにそっくりな人は誰なの? まさか他人の空似とか言い張るんじゃないでしょうね」


「おおおお!! 流石はアテナ様!! やはりお噂通りの聡明な姫君でありまする! このガスプーチン、目から鱗でございます! そう、そうです、その通りなのでございます!! 他人のそら似ーーい」



 あまりに滑稽な言い訳で、溜息が漏れる。



「ですが、一言申させて頂けましたなら、正確には他人ではござりません。あれは拙僧の妹で、ガスプーコでございます。どうか、お見知りおきを願います」


「ガ、ガスプーコ!?」


「ガスプーコだってよおおお!! 聞いたかノエル、ルキア!! オレ達のキャンプを襲ったあいつ、ガスプーチンの妹でガスプーコって言うんだってよおおお!! ギャハハハハ!!」



 ここまでずっと成り行きを黙って静観していたルシエルが、まるで火山が噴火したように大声をあげて笑い転げた。爆笑。暫く辺りには、ルシエルの大笑いする声が鳴り響き、私達はあまりに下らないガスプーチンの解答に、呆れ返ってしまっていた。

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