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第1197話 『誘引 その4』



 トリスタンに聞きたい事があった。だけどその質問は、私からではなくエスメラルダ王妃からする事になった。彼女のこみかみ辺りの血管が、ピクピクとしている。ガスプーチンがやった、私達のキャンプへの肉塊投下事件。これに対して、かなり怒っているみたい。


 エスメラルダ王妃は、クロエとルキアを可愛がっているみたいだし、そのルキアとカルビがもう少しで落ちてくる肉塊に直撃しかけた訳だし……怒るのは無理もない。私だって、凄く怒っているんだから。普段から危険と隣り合わせな冒険者なんてやってなかったら、もっと騒ぎ立てて抗議しているに違いない。



「ストラム卿。これはどういう事なのですか? あなたがここへわざわざやってくるという事は、とうぜんガスプーチンの行いに関してなのでしょう。さあ、ご説明して頂けますか?」


「如何にも、その件に相違ありません」



 トリスタンは、またなぜか悔しそうな顔をする。ううん、彼自身が納得いかないといった様子の顔。それから察するに……多分、そういうことなんだろう。でも対決する相手もパスキア人で、対決場所もパスキア。これ位の事を押し通してくるのは、解りきっていた。



「それでは、ストラム卿。わたくし達のこのキャンプに対し、あのような事をしたガスプーチンに、どのような罰をお与えなさるのですか? それにこの対決、モラッタ・タラー側の反則負けをこの場で宣言して頂きたいですわね。この対決に参加してしまったのは自身の判断ですが、そろそろこの埃っぽい場所にもうんざりしてきました。王宮に戻るので、帰りの手配をしなさい」


「申し訳ありませんが、帰りの手配はできませぬ」


「は? どういう事ですか?」


「言い方が適切ではありませんでしたな。今すぐ、この場から王宮へお帰りになられるのであれば、このトリスタン・ストラムがあなたをお守りし、何があろうと無事に送り届けますぞ。しかしながらその場合、この対決におけるアテナ様側の参加者であらせられるあなた様の扱いは、リタイアという事になりまする」


「リタイア? 馬鹿を言いなさい!! 勝負は、相手側の反則敗けで決したではないですか!?」



 エスメラルダ王妃とトリスタンの問答は、苛烈を極める。ノエルやゾーイは、無表情で静観しているけれど、ルキアやクロエはとても心配した様子で2人を見守っている。あとルシエルについては、もっとやれーって言い出しそうって思ったけれど、じっとしていた。でも、トリスタンを見つめている。


 うーん、ルシエルはこんな対決なんかより、もっと別の事に意識がいっちゃっているな。


 っていうのもトリスタンは、このパスキアではブラッドリーと並ぶ最強の騎士であり、国民には英雄として慕われている。そしてここまで騎乗してきたペガサスに目を向けると、装備しているあの立派な弓。そう、あれは、かの有名な特級品の弓『フェイルノート』。


 以前、私がまだ冒険者になる前でお城にいた頃の話だけど、近衛隊長のゲラルドに1冊の本を借りた。それは、世界に散らばる伝説的な武器から、一般的な冒険者が愛用する武器まで、実に様々な剣やら槍やらの武器が載った本だった。もちろん、弓矢に関する内容も充実していて、特に私の目を引いたのは、そう……今トリスタンが所持している弓、『フェイルノート』だった。


 『フェイルノート』は、本でしか見た事がなく、実物を見るのは今が初めて。だけどその特性は、本に書いてあったので知っている。それが私の好奇心を、物凄くくすぐったのだ。あの弓で放たれる矢は、なんとターゲットを自動追尾するという。あの時、私はそれを読んで知り、なんてかっこいい弓なんだろうって思った。


 実は私は、魔法と同じで弓が得意ではないけれど、これがあれば百発百中だろうし、こんな凄い珍しい弓があるなら、手に入るのなら是非手に入れたいって思った唯一の弓だった。


 そう言えば、その事をゲラルドに言ったら、ゲラルドも欲しいって言っていたかな。まあ、ゲラルドは、武芸百般に通ずるって噂されている程の騎士というか武士だし、弓も当然の事ながら上手に使うんだろうけど。だからこそ、自分のコレクションとして欲しいのだと思う。


 凄い武器を見つけては、集めているコレクターのゲラルドや、弓の才能も乏しく特別欲しい弓がある訳でもなかった私が、是非とも欲しいと思えた弓を持つトリスタン。彼は射手としての腕も、間違いなく一流に違いない。


 ルシエルは、そんなトリスタン・ストラムと相対する事になり、少なからず同じ射手として……本来のクラス【アーチャー】としても、彼に対して燃えるものがあるのかもしれない。負けず嫌いで、勝負好きのルシエルならば、当然トリスタンにライバル意識を掻き立てられるのは、当たり前なのかもしれない。


 密かに1人、熱くなっているルシエルをよそに、エスメラルダ王妃とトリスタンの問答は続いた。



「この対決、ガスプーチンがわたくし達のこのキャンプに、得体のしれない気持ちの悪い肉塊を落下させた所で、勝敗はつきました。誰が見ても、モラッタ・タラー側の反則負けでしょう。それなのになぜ、わたくしのリタイアに話が繋がるのですか? 言っている意味が全く理解できません!」


「理解できないとおっしゃられても、結果は変わりませぬぞ。あの肉塊が、こちら側のキャンプのど真ん中に落下した件についても、既に事故として処理されておりまして……大変申し上げにくい事ではありますが、それでモラッタ・タラー嬢側の反則負けとはならぬのです。よってこの対決は、継続される事となり、その途中でエスメラルダ王妃が王宮へとお帰りになられるとすれば、それはあなた様のリタイアとみなす他ありませんのですぞ」


「な、ななな、なんですってーー!! ど、どど、どうしてそうなるのですか? あれはどう見ても、反則行為でありましたでしょう!? 何を訳の解らない事を言っているのですか!!」



 憤怒して興奮するエスメラルダ王妃は、思わずトリスタンに掴みかかる。トリスタンは、一切の抵抗を見せない。彼の護衛と私が2人の間に入り、落ち着くように言った。

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