第1196話 『誘引 その3』
全部で50匹以上の群れだった。
その半分以上をやっつけても、ラプトルという魔物は怯まなかった。俊敏で獰猛、そしてとても気の強い魔物。しかしこれが3分の1以下くらいの数になると、なんとしても私達に齧りついてやるっていう彼らの燃える闘志にも、流石に陰が見え始める。最後には、生き残ったラプトルは四散した。
いくら獰猛で恐ろしい魔物だと言っても、これほど仲間がやられると、流石に恐怖を感じるみたい。もしくは、頭のいい狡猾な魔物だからこそ、これ以上やり合ってもいい事がないと計算したのかも。こちら側は、怪我人すらでなかったしね。
倒したラプトル全てをお肉にしても、腐って食べられなくなる前に、全てを消費する事はできない。なので一部を残して、残りの死骸は私とノエルとルシエルで、あの泉のある洞穴の真ん前にある崖に投げ捨てた。
埋めるにしてもこれだけの死骸の数、かなり大変だし……ヘーデル荒野の日中は結構暑くなるので、キャンプで転がっている死骸をそのままにもしていられない。またラプトルは、基本的に肉食獣で狩る側の魔物なんだけど、こうやって死んでしまって肉として転がっていると、これがまた別の何か恐ろしい荒野に生息する肉食獣を呼び寄せるんじゃないかと心配になった。
するとノエルが、何か妙案を思い付いた様子で、ポンと手を叩いて言ったのだった。
「食糧としていくらか肉を残して、あとはあの崖から投げ捨てちまうのがいいんじゃないか?」
ルキアは、可哀そうだと言ったけど、どっちかというと、現状ではサバイバルに近い今のこの状況下でノエルの考えは、理にかなっていると思った。だから賛成して、早速ルシエルにも手伝ってもらってそうする事にした。
ラプトルの死骸を崖から放ると、遥か下へと消えていく。その後を、ハゲタカやカラスの群れが追いかけていく。倒したラプトルの死骸の始末としては、かなり乱暴にも思えた。けれどきっとこれも、自然の中でちゃんと循環している。
崖からキャンプに戻ると、ガスプーチンが肉塊を上空から落下させて飛び散らせた後始末を、ルキアやクロエやゾーイが行っていた。清掃作業。そこへ戻って来た、私とルシエルとノエルも加わる。
なにせこのラプトルよのうな獰猛で危険な魔物が生息するヘーデル荒野のど真ん中で、そういう魔物達を誘きよせるようなものをそのまま放置しておけなかった。もちろん、この場所にはモラッタさんとの勝負の為の旗があって、移動もできない。キャンプ場所は、ここで行う事と予め決められているようなものだった。
ようやく辺りが綺麗になった頃、日が暮れ始めていた。荒野の空の向こうに、翼の生えた白馬を目でとらえる。ルシエルが指をさして騒ぐ。
「あーーー!! なんか、またペガサスがやってきたぞ!! ガスプーチンじゃねーのか? ガスプーチンだったら、絶対に許さねえぞ!! あいつが散らかしていった肉片を、やっと綺麗に掃除できたんだ! また何か落としていくつもりなら、今度はぜってー逃がさねえぞ!! あいつに、全部掃除させてやっからよ」
プンプンに怒っているルシエル。ペガサスは、2頭。その片方に向かって、ルシエルが自慢のアルテミスの弓を構えたので、私は慌ててそれを止めた。
「ちょ、ちょっと待ってルシエル!」
「あんだよ! 先手必勝、あいつがまた肉をおっことしていく前に、ケリをつけてやんだよ」
「だから、落ち着きなさい。あれはガスプーチンじゃないってば」
「え? じゃ、だれなんだよ。奴と同じくペガサスに乗ってんぞ」
奴と同じくっていうか、パスキア王国には天馬騎士団もあり、ペガサスを沢山所有しているので、それに騎乗しているからガスプーチンというのは、早とちりにしかならない。それにやって来たのが誰か、私には解っていた。
そう、ここへやってきたのは、パスキア王国が誇る、天馬騎士団団長トリスタン・ストラムだった。真っ白なフルプレートメイルに身を包む彼は、共の騎士一騎と共に私達のキャンプまで飛行してくると下に降りてきた。
彼は、今このヘーデル荒野で私とモラッタさん達が行っているキャンプ対決の、ジャッジを務めている。その彼が対決の最中にここへわざわざやってくるという事は、何かあったということを意味していた。
トリスタン・ストラムは、ペガサスから下馬すると私に近づいてきた。
「アテナ王女。対決の最中ではあるが、失礼致しますぞ」
「トリスタン・ストラム卿」
「ブラッドリーの事は、もはやブラッドリーとお呼び頂いておるとか」
「ええ」
「ふむう、それはなんとも羨ましい。ならばこの拙者の事も、ブラッドリーと同様にトリスタンとお呼び頂きたいものですな。我らはパスキアの双璧と、呼ばれておりますのでな。アテナ王女殿下には、是非とも我らを公平に扱って頂きたいものですな。でなければ、嫉妬の炎にたちまちこの身を焦がしてしまいますぞ」
トリスタンはそう言って、豪快に笑った。
「じゃあ、遠慮なくトリスタンと呼ばせてもらうわ。その代わり、私の事も親しみを込めてアテナと呼んで欲しいわね。あなたやブラッドリーのようなパスキアの英雄に、そう言われるならとても嬉しいし」
「はっはっは、それはご勘弁ください。少なくともこの場は、あの妙なテントウムシでこの場の映像を、王宮にて中継されておりますのでな。色々と問題がござる。とりあえずは、アテナ様でご容赦仕りたい!!」
トリスタンはそう言って、真っ白に輝く兜を脱いだ。スキンヘッドに、太い首。厳つい印象から彼の顔を見ていると、真っ白な歯に爽やかな表情。それは、彼が正義の騎士である事を物語っているかのようだった。でも私は、少し責めているような口調で言った。
「解ったわ。それでこの対決のジャッジであるトリスタン・ストラムが勝負の途中、ここになぜ現れたのかしら? ガスプーチンのしたことについてなら、まずその行為とルールについて……こちらから問い質したい事があるんだけど?」
「アテナ様とモラッタ嬢達の、この神聖なる対決の最中、私が割って入った理由についてはまさにその件でござる!! ここのキャンプ地へ肉塊が落下したのは、あのテントウムシを通じて、パスキア王宮でこの対決を見届けておられるフィリップ王を始めとする、多くの者が目撃しております!」
「そうなんだ。それじゃ、この対決はどうなるの? トリスタンは、実際に旗の奪い合いをするのは3日目だと言っていたけど、2日目でモラッタさん達の反則負け……て事になるのかしら。ガスプーチンが彼女達を、カミュウの縁談相手として推薦した訳だし」
トリスタンは、私の顔を見つめるとぐっと歯を食いしばった。その表情から、モラッタさん達の反則負け……には、ならないと予想ができてしまった。
ここはパスキア王国。ガスプーチンもモラッタさん達も、フィリップ王やトリスタンだってパスキア側の人間。パスキアの都合で動いていて、物事は常にパスキア優位になるように働いている。




