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第1194話 『誘引 その1』



 パスキア王国――この地には、何千年も昔に、このヨルメニア大陸を恐怖のどん底に突き落としたという魔王がいた。その魔王を倒した勇者一行の1人が、国を築いた地だという。


 パスキア王家の者達と、この地に昔からいるような貴族等の上流階級の人達は、その勇者と共に旅をして魔王を倒したという英雄の血を、脈々と受け継いでいると信じて誇りに思っている。


 何千年も昔の話だし、魔王がいたなんて本当か嘘かも解らない。伝説。


 よくある話は、勇者たる立派な人物が悪代官とか邪竜など悪い奴をやっつけて、その話が後世に語り継がれたり。でもその内容は、講談師や吟遊詩人などによって話に面白おかしく尾ひれがついて、心踊る伝説などになって誰もが語り継ぐ昔話になっちゃうパターン。


 勇者や魔王の存在は、大陸全土で昔話として語られてはいるけれど、本当にあったかどうかは、もはや定かではないのだ。でもさっき言ったように、大昔に正義の味方に成敗された悪人や竜などの、凶悪な魔物を退治した話がそうなったって言っている人もいれば、本当に勇者と魔王は存在するという伝説を信じている人達も多くいる。


 特にこのパスキア王国には、魔王と勇者の伝説に関係性が薄いクラインベルト王国よりも、圧倒的に勇者と魔王の伝説を信じている人達が多いように見える。なぜならこの国には、その物語で大活躍する勇者と、共に旅をして魔王を倒した仲間の1人が、立った地でもあるからだった。


 だからこのパスキアには、私とカミュウの縁談について意見を主張する3種類の人達がいた。


 一つは、フィリップ王などがそう。どちらでもいいけれど、物事をいい方向へ転がしたいという人達。


 二つ目は、メアリー王妃や王女のイーリス、それに外務大臣のロルス。この縁談が上手くいけばいいと思ってくれていて、私やエスメラルダ王妃を心から歓迎してくれている人達。


 そして最後にガスプーチンを筆頭に、パスキアは選ばれし者の血を受け継いでいるのだから、同じく選ばれし血を受け継ぐ者が相応しいとか、もしくはそれに匹敵する者でないと断然吊りあわないと考える者達。


 なんとなくガスプーチンの考え方は、自分達こそが一番優れっていると疑わない、民族至上主義のドルガンド帝国と似ていて、危うさも感じるところもあると思う。


 因みにセリュー王子や、パスキア四将軍の立ち位置は、ちょっと解らない。ただ単に、私を嫌っているだけのようにも思えるしね。


 今このヘーデル荒野にて対決をしているモラッタさん達にしても、私を潰したいというよりは、実のところ純粋にカミュウに想いをよせているだけで、そこをガスプーチンに利用されている感じもするし。


 兎に角、ルキアとカルビを大きな肉塊で潰そうとしたその行為と、私達に常時向けられる表情からは、ガスプーチンは私達に対して大きな敵意を持っていると思った。



「ぎょええええええ!!!! ま、まさか、こんな所まで追ってくるとは、驚きを隠せませぬぞおおお!!」


「もう!! 許さないんだからね!!」



 剣士でないガスプーチンは、私が咄嗟に峰打ちで剣を振って手加減している事など気づいていない。本当に斬られると思っている。でもその位、肝を冷やした方がいいお仕置きになると思った。



「ひいい!! 斬られる!! 魔力より生み出されし氷よ、我を傷つけようとする刃からこの身を守りたまえ!!  ≪堅固な氷壁(アイスブロック)!!!!」」


 ガギンッ!!



 ガスプーチンが両手を私の方に向けて魔法を詠唱すると、私と彼の間に氷のぶ厚い板が発現しツインブレイドを受け止めた。



「ガードされた!!」


「油断するなかれ!! 拙僧の得意とする所、ガードだけではないぞ! 着弾し、焼き尽くせ! ≪火弾の魔法(マジックファイア)!!」



 ガスプーチンは、私の攻撃を防ぐ為に発現させた氷板を消し去ると、今度は掌をこちらへ翳して火の弾を放ってきた。ノエルとルシエルに打ち上げられた空中では、自在に回避できないと思って、剣で火の弾を真っ二つにする。



「ひいいい!! 馬鹿な!? 『火弾の魔法(マジックファイア)』を両断するなど、考えられん!!」


「そう? あなたのいる国にも、少なくとも2人程、こういう芸当ができる人はいると思うけれど」



 天馬騎士団団長トリスタン・ストラムと、閃光騎士団団長ブラッドリー・クリーンファルトの事だった。


 私はガスプーチンを逃がすまいと、彼をペガサスから落馬させる為に、懐から愛用の果物ナイフを取り出し、投げる為に構えた。ガスプーチンがニタリと笑う。



「覚悟、ガスプーチン!!」


「覚悟? どうあっても、アテナ王女は拙僧をここで仕留めるおつもりのようですが、いささか時をかけすぎましたようですな」


「時? 時って」



 私は、はっとしてキャンプの方を振り返った。金属音やら、ルシエルやノエルの声が聞こえたような気がしたから。でもそれは、気のせいじゃない。


 地上を見ると、私達のキャンプに何十匹ものラプトルが襲ってきていて、ルシエル達はエスメラルダ王妃やクロエを守りながらに戦っていた。


 ここで私はやっと、なぜガスプーチンがあんな大きな血の滴っている肉塊を、私達のキャンプ目がけて落下させたのか理由が解った。


 落下させる時、明らかにルキアやカルビを狙って落とした。でも誰かを仕留める為なら、肉でなく岩とかそういうものの方がよっぽど殺傷力が高い。なのにどうして、肉塊だったのか。


 私はてっきり、この対決において実際に旗の取り合い――つまりぶつかり合うのは、3日目からだと思っていた。それはパスキア側であるトリスタン・ストラムがルールを作った訳だし、この対決はあのそこらに飛行しているテントウムシを通じて、今も王宮に映像を中継されている。


 だから誰に見られてもルールに反していないと主張できるように……これは、ガスプーチンの攻撃ではなく、あくまでも肉を差し入れたのだと……敵に塩を送る的な言い訳で、先制攻撃を仕掛けてきたのだと思っていた。


 でもそれは、正解じゃなかった。


 ガスプーチンが血の滴っている生肉の塊を、私達のキャンプにわざわざ運搬してきた本当の理由は、このヘーデル荒野に生息する俊敏かつ獰猛な魔物、ラプトルの群れを誘導して私達のキャンプを襲撃させる事こそが目的だったのだ。

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