第1190話 『待つ意味はない』
「お、おはようッス!! ジュノー姉さん、ベレス!!」
「おはよう」
「おはよう、ようやく起きたか」
「下っ端のあんたが、先輩のベレスを差し置いて寝坊ってどういう事なの? あったま悪いんじゃないの?」
ジュノー様とドルチェが起きた。
ドルチェは目を覚ますなり、私の顔を見て嬉しそうに笑った。私も笑みを返す。なんだろうか、この気持ち。
ジュノー様は、立ち上がると川のある方へとゆっくり歩きだした。焚火の前には、ドルチェとガラーナがいて、何か言い合いを始めている。私はジュノー様の後を追った。
心地の良い鳥の囀りが、森の中で響いていた。木漏れ日。本当にまだ朝なのだと思った。だとすると、私はあまり眠れていなかったのだろうか。それでも今は、不思議と気持ちがシャキっとしていた。あとで、急に眠くならないか不安になる。
川まで行くと、ジュノー様はそこで跪いて両手で森に流れる澄んだ水を救う。まずうがいをすると、続けて顔を洗った。私はジュノー様の傍に行く。
「昨日……」
「は、はい!」
「っというか、朝方までドルチェと盛り上がっていたようだな」
はっとする。
「ジュ、ジュノー様は、気づいておられたのですか⁉」
「実は私も眠れなくて、ずっと起きていたんだ」
まさかと思った。確かにジュノー様は、横になって目を閉じていたし……寝息もたてて……いや、寝息をたてていたのは、ガラーナか。
いや、そもそもジュノー様が私にこんな嘘をつく意味がない。なら、本当に起きていたということ。
「まさか、起きていられたとは……それなら」
「眠気はあったんだがな。このままベレスとドルチェの会話を、子守歌代わりに聞いていたら、そのうち眠れるだろうとふんでいたんだが……ベレスと同じく、ドルチェの話に興味が湧いてな。最後まで聞いてしまった」
「そうだったのですか」
「あんな盗賊くずれを許してやるなんてと思っていたがな、やはりベレスには人を見る目があるようだ」
「そんな、私には……」
「あの2人は、信用できるかもしれない。だからと言って、私は単独行動の方が性にあっている。そもそも戦闘には自信があっても、軍を率いる能力は私には無いようだからな」
「いえ、お言葉ですが、それはジュノー様がそうされないだけで、ジュノー様自身がその気になれば、兵を巧みに率いる事だって」
「いや、その才はベレス、お前にある。だからあの2人をお前が上手く使え。あの2人は盗賊くずれだが、戦闘能力はその辺の奴らよりもある。お前のいい護衛にもなるはずだ。お前が適切な指示を出し、2人が行動する。いいチームじゃないか」
「は、はい……でも私は」
「先程、私は単独行動が性にあっていると言ったが、ベレス。お前は特別だ。ずっと私の傍にいて、力になってくれ」
「はっ! もちろんです!」
ジュノー様にそう言われて、天にも舞い上がるような気持ちになった。私はジュノー様に必要とされている。それだけでも嬉しい。
しかしジュノー様にそう言われた瞬間、なぜかアテナ・クラインベルトの顔が脳裏にちらついた。ジュノー様のアテナを見る目、語る言葉。好敵手というだけではなく、惹かれている……そう感じる。
ジュノー様と共に、野宿をしていた場所へと戻った。ガラーナが食事の準備を終えて、私達を待っていた。ドルチェは、残った肉を全て持ち運び可能なサイズ、つまりブロックなどにして、塩を塗り込んで保存できるようにしている。これなら、後でまた食べられるし、商人が居れば食料品として売る事も可能だ。
「やっと来たか。ジュノー姉さん、ベレス」
「調理道具もないし、調味料も塩位しかないけど、肉を焼くことくらいはできるからね。さあ、美味しく焼けましたから、食べません?」
「ジュノー様」
「ほう、美味そうな匂いだ。肉は昨日散々食べたが、これだけいい香りがすればもっと食べたくなるな。それじゃ、頂こう」
ジュノー様は2人にそう言って、焚火の前に座った。2人が嬉しそうな表情で、ジュノー様に一番美味しそうに焼けた肉を手に取って渡す。ジュノー様がその肉に齧りつき、頬張ると「美味いな」と一言。2人は、また嬉しそうな顔をして跳び上がった。
私も焚火の前に座り肉を手に取ると、そこでやっとドルチェとガラーナも食事を始めた。私は、今日これからの行動についてジュノー様に質問をした。王都近辺の平原、あそこでアテナが現れるのを延々と待っていたが、もう待つことはしない。
「ジュノー様」
「なんだ?」
「今日これからの予定ですが、どうされますか?」
肉を美味しそうに食べていたドルチェとガラーナの手が止まる。目は、ジュノー様に向いている。注目。
「そうだな。あの王都近くの平原で、これ以上待っても意味はなさそうだ。待つことはしないとなると……やはり、こちらから出向くしかないな」
「で、出向くって?」
ドルチェが口を挟む。もうここまで来たら、話すしかない。私はこの先この2人がジュノー様に忠誠を誓うという約束を信じて、クラインベルト王国の第二王女アテナ・クラインベルトを捕縛し、帝国へ連行しなくてはならない任務を受けている事。その件について、詳しい話をした。
これから行動を共にするなら、知っておいてもらわないと話にならないのだから。
「朝食を食べたら、再び平原に行こう。そしてそこから王都へ入って、アテナを見つける。っと言っても、アテナは縁談の真っ最中だ。我々は、城へ忍び込まなければならないだろうな」
パスキア城へ忍び込み、アテナを手早く拉致し脱出する。城の警備は恐ろしく厳しいだろうし、王都も城壁に囲まれていて警備兵の数も尋常ではない。
きっとそれをやりとげられるとすれば、ジュノー様だけだろう。そうなると、私やドルチェやガラーナは、ジュノー様がそれらを無事やり遂げられるように全力でバックアップするしかない。
しかしそれが本当にできるのか。いや、ジュノー様ならできる。そんな2つの思いが頭の中を駆け巡った。




