第1189話 『ドルチェとガラーナ その5』
ドルチェの話を聞いていると、空が少し明るくなってきてしまっていた。私は、ドルチェにそろそろ寝なければならないと言って、慌てて眠る事にした。
しかし、まいった。ここまでドルチェの話に夢中になってしまうとは……きっとあともう数時間でジュノー様は、起床されて今日からの行動を開始される。なのに私は寝不足……もしジュノー様に何か言われても、それをちゃんと聞いていなかったとか、そういう事になったら大変だと後悔する。
ドルチェの話は、ドルチェの事がよく解って有意義な時間だったとは思うが……これから彼女達とは行動を共にする訳だし、話をする時間は十分にあるのだ。何も今晩こんなに話し込む必要はなかったと反省もする。
…………
それにしても、驚きだった。
ドルチェとガラーナ。盗賊なんて、人に害をなす害虫みたいな存在だと思っていたが、人生色々とあるものだ。彼女達には、彼女達の人生があり苦労があった。生きていく為に必要な事や、そうせざるを得ない事などもある。その中でドルチェがいうように、盗賊なら盗賊なりに、女盗賊団『アスラ』のように名を売って有名になりたいとかそういう夢も生まれる。
だからと言って、盗賊稼業をするような奴らは悪には違いない。でも偉そうに言っても私だって、悪には違いないのだから、彼女達を否定はできないなと思った。
私だって、国や恩人、家族に知人など全てを裏切った。売国奴。本来は恨み嫌う対象であるドルガンド帝国に身をひるがえし、寝返ったのだ。ルーランの国王陛下を含め、王族の者達が隠れ潜んでいた場所の情報を、私はドルガンド帝国に売った。
そうなのだ、ドルチェとガラーナはこれまで悪行を重ねてきたというが、私に彼女達を責める資格などない。
…………
駄目だ。また色々と考え事をしてしまった。ルーラン王国にいた頃は、絶望や諦めのようなものだけで心がいっぱいになっていたが、ジュノー様に出会ってからは別の事で考えを巡らしてしまう。
…………フフ。
それにしても、驚いた。ドルチェとガラーナは、物心ついた時から生きる為に盗賊になったそうだが、ラハサ砂漠からプターン王国へ流れ、プターン王国からガンロック王国、メルクト共和国、そしてジャワジア共和国を経てパスキア王国までやってきたらしい。
盗賊という職業がら、仕事をすればお尋ね者になり、追われればその地から去らなければならない。だが、実に長旅というか、物凄い大冒険だと思った。
因みにジャワジア共和国は、熱帯雨林の国で、その大部分がジャングルに覆われているという。流石にドルチェとガラーナも、その環境には耐えられなくてジャワジアだけは入国して直ぐに出国したらしいが……フフフ。
私はまだルーラン王国とパスキア王国しか知らない。この任務が無事に達成されたら私は、ドルガンド帝国に行く事になるだろうし、もはやドルガンド帝国民になった私はそこに住む事にもなるだろう。それからまた……ジュノー様と共にヴァルツ総司令官に新たな任務を言いつけられて、別の……国へ……行くことになれば……また楽しい……旅に……
ガサガサという音で目が覚めた。
しまった!! 寝過ごした!!
やらかしてしまった。血の気が引く感じに襲われながら、慌てて飛び起きる。すると焚火の前で、何かをしているガラーナの姿が目に入った。
「あっ、ベレス姉さん! やっと起きましたね」
「ジュノー様は!! ジュノー様はどこにおられる!!」
起きて直ぐに立ち上がったので、一瞬身体がふらついた。だが関係ない。周囲を見渡す。すると大きな木にもたれかかり、眠っているジュノー様の姿があった。それを見て、安堵する。ガラーナが言った。
「ジュノー姉さん、まだ起きないんですよ。まさかと思って近づいてみたら、寝息をたてていましたので安心しましたけど」
「起こさなかったのか?」
「起こしませんよ。そんな勇気、私にはないですよ」
最初に会った時……盗賊として、私を襲った時、ガラーナはこんな感じではなかった気がする。なんというか、へりくだった態度。ジュノー様に、あれだけ痛い目にあわされればそうはなるか……
「そう言えば、ジュノー姉さんもそうですけど、ドルチェもまだ起きないんですよ! きっと、昨日はすぐ寝なかったんですよ。早く寝て休息をとっていないと、今日何があるか解らないっていうのに……あったま悪いんだから」
「それを言うなら、私も一緒だ。実はドルチェとは朝方まで話込んでいたんだ」
「ひいい! ごめんなさい! ベレス姉さんは、あったま悪くないですよ。私がそういったのは、ドルチェの事ですから……」
「姉さんはやめてくれ。昨日、ドルチェにも言ったが、私の事はベレスと呼び捨てにしてくれていい。だがジュノー様には、ちゃんとしないと私が許さない」
「も、もちろんです。ベレス姉さ……ベレス」
「あとそのへりくだるのは、よせ。ジュノー様もそうだと思うし、私だってそういう関係をお前らに望んではいない。ガラーナの事もドルチェから色々と話を聞いて、よく解ったよ。人から見れば、私は既に悪人側だ。今更、お前達の悪行に対して何か言えはしない。それよりも、今お前が焚火の前で何をしているかの方が、よっぽど興味があるんだが」
「え? あ、はい。これは、朝ご飯です。あと、お茶とかそういう気の利いたものはありませんが、野宿を続けるなら、ヤカンや鍋とかそういうものも手に入れておいた方がいいかもですね」
「そうか、ありがとう。それとその話し方も私に対しては、普段の感じでいい。ジュノー様と違って、私は単なる裏切り者に過ぎない。偉くもないのだ」
「わ、解りまし……たわ、ベレス」
「うん、それでいい」
ガラーナが朝ご飯の準備をしていると言っていた。メニューは、昨日獲物を狩って、大量に残った肉だろう。そしてジュノー様やドルチェもまだ寝ている。
っという事は、私は寝過ごしてはいないのだとここでようやく気付いて、やっと本物の安堵の溜息が漏れた。