第1186話 『ドルチェとガラーナ その2』
今日は、このパスキア王都の近くの森で、ひたすら剣の稽古をしている一日だった。
ドルチェとガラーナが、仕留めてきたグレイトディアーの肉が大量に残っているので、それを焼いて晩御飯にした。
辺りは暗くなり、今日もまた終わろうとしている。フリート将軍は未だに戻ってこない。だが、ジュノー様に匹敵する強さをルーランの大森林で見せつけられていた私は、彼の事を特に心配していなかった。
ジュノー様の隣に私。そして焚火を挟んでドルチェとガラーナが座っていて、私とジュノー様の為にせっせと肉を焼いている。ジュノー様は、少し呆れた顔で私に言った。
「どうするんだ、ベレス。お前が助けてしまったばかりに、この2人はずっと私達についてくるつもりだぞ」
「は、はい。でもあれだけ痛い目に合えば、それに懲りて、二度と私達には近づかないと思ったのですが……」
「フフ、逆効果だったな」
呆れた顔をしていたジュノー様だったが、今度はそう言って笑った。自分の判断が、間違っていたのかもしれない。いや、もはや敵意のない相手を殺さなかった事は、正しかったはずだ。
「もう少しでとびきり美味しい肉が焼けますので、暫くお待ちを。まだ食べられますよね?」
ジュノー様が頷いたのを見てから、私はガラーナに「頼む」と言った。ガラーナは嬉しそうな顔すると、「さあ! 美味しく焼き上げるのよ!」とドルチェを急かした。ドルチェは、そんな相棒に「そんな事をいちいち言わなくても、解ってるって!」と反抗する。
肉が焼き上がると、ジュノー様はそれを受けとり食べる。一言「美味いな」と言った。2人は顔を見合わせると、本当に嬉しそうな顔をした。
「どうだ、姉さん!! 美味いだろ? こんな狩りもできて肉を上手に焼けて、ジュノー姉さん程ではないが、その辺の奴よりは腕が立つ子分!! いた方がいいだろ?」
ジュノー様は、2人の顔をチラリと見る。
「お前達、盗賊稼業はどうする?」
「ここできっぱりと足を洗います」
即答したドルチェの脇腹を、ガラーナが肘で突いた。
「いで!! ガラーナ、てめえ!!」
「足を洗いましたでしょーが!! いいですか、ジュノー姉さん、ベレス姉さん。私達はもう完全に盗賊稼業からは足を洗って、姉さん達についていきたいと決心しています」
「ほう、なぜ?」
「そ、それは姉さん達が普通じゃないからですよ」
「普通じゃない? もしかして、この私をディスっているのか?」
「い、いえ、違いますよ!! ジュノー姉さんみたいな強くて底が知れない人は、初めて見ました。ベレス姉さんは、私達に慈悲を与えてくださいました。これからは、お二人の役に立ちたいのです」
「女盗賊団『アスラ』のようになるという憧れは、どうなる? 名を売りたいんじゃないのか?」
「売りたいじゃなくて、名を残したいんです。『アスラ』は、もういいです。姉さん達は、見るからに騎士様ですよね。身なりから言っても、絶対にそうです。しかもこのパスキアの騎士ではない。何か目的があって、ここに来られているのではないですか?」
「ああ、確かにガラーナの言う通り。今日の朝も、あの王都近くの平原に行って、王都の方を眺めていたし……まるで誰かが現れるのを待ち構えているような……」
ジュノー様とフリート将軍が、ヴァルツ総司令官に頼まれた任務は、一言にいえば他国の王女誘拐だった。ターゲットは、ドルガンド帝国が長年冷戦状態にあるクラインベルト王国の第二王女、アテナ・クラインベルト。捕縛及び帝国への連行が、任務の内容。それは、言ってしまえば拉致するという事で、ヴァルツ司令官には直接言われた訳ではないけれど、明らかに極秘任務だった。
それをドルチェとガラーナに、話して言い訳がない。ジュノー様が呟いた。
「ほら、やはり始末してしまった方が良かったのではないか、ベレス」
「う……」
先程までとは、うって変わって冷淡な顔をするジュノー様。その表情に気づいたドルチェとガラーナは、怖れを見せた。だがこの場から、逃げ出そうとはしない。決意に似た何かを感じる。
「ジュノー様」
「うん?」
「この者達は、利用できるのはないかと思います。一度、助けてしまいましたし、今もこうして我々の役に立とうとしております」
「確かにそれはそうだな。でも、私達の任務をこの 2人に話すのか? 話さんとしても、一緒に行動をするのなら、そのうち知れるぞ。そうなればどうする?」
「それは……」
「まあいい。どちらにせよ、こいつらの処分はお前に任せると言った手前だ。それについては、私に二言は無い。ベレス、お前が判断すればいいさ。もしもこいつらから何か情報が漏洩して、それで私やジークが何かなったとしても私は何も気にしない」
「……」
「責任は全て私がとるし、正直私は任務なんてものにはあまり興味がない。思う存分暴れられれば、それでいい。まあ、あと付け加えるならば、この任務に前向きに従う理由は、クリスタフの頼みで仕方なくと言った感じだったからな」
「……はい」
「だがな。今は、他の感情も働いているのだ。アテナの強さは、本物だった。あの王女となら、私は持てる力を全てを出し尽くし、本気で楽しめそうなのだ。だからアテナともう一度戦いたい。それを邪魔しなければ、他はお前の好きにしてかまわん」
「ジュノー様……」
私を信頼してくれている。その事には嬉しく思う。けれど私はその嬉しいという感情と共に、ジュノー様の心の中にいるアテナに対して、強烈な嫉妬を覚えた。
嬉しさと嫉妬が同居する、今までにない感情に戸惑い身体が震えた。
その時、ガラーナがある事を呟いた。私はそれを耳にして、はっとした。
「アテナ……アテナって、あのアテナですか?」
「なんだよ、ガラーナ。アテナって言ったら、女神アテナの事だよな。勝利の女神だ」
「そんな訳ないでしょ、ドルチェ。そもそも女神と戦うとか現実的じゃないでしょ。ジュノー姉さんがアテナともう一度戦いたいと言えば、間違えなく今このパスキア王国に来ているというアテナ・クラインベルトのことでしょーが」
ジュノー様はその言葉を聞くやいなや、直ぐ横にあった自分の剣に手をかけた。私はそれを見て、慌てて先に立ち上がり剣を抜いてガラーナに向けた。
「そこまで感づかれているのなら、もはや逃がすべきではないと判断する。もしこの先も生きていたければ、この場でジュノー様に忠誠を誓え!! できなければ、この場で斬るしかない!! ドルチェ、ガラーナ!! さあ、はっきりとお前達がどうするのかこの場で聞かせてくれ!!」