第1185話 『現れないアテナと盗賊の処遇 その3』
日が暮れ始める頃まで、森の中で剣の稽古を続けていた。流石にぶっ通しはしんどい。息がきれる。身体中、大量の汗をかいていて、体力的にもヘトヘトになっていたけれど、ジュノー様とのこの時間が何より楽しかった。
ジュノー様に剣の稽古をつけてもらっている間、ジュノー様はこの私の事だけを見てくれている。発せられる言葉も、私にだけ向けられているのだ。こんな幸せな時間が他にあるだろうか。
けれど私がジュノー様に剣の指導をしてもらっている間、目の前をチョロチョロと移動する者がいた。ドルチェとガラーナだった。
2人は盗賊で、私を襲った。そしてジュノー様にこらしめられて……と言えば、優しく聞こえるが、正確には拷問さながらの事をされて、戦意そのものを叩き折られた。その後、ジュノー様に処刑されるだろうと思い、私が2人を助けた。
そう、流石に可哀想に思い、助けたのだ。だからこのジュノー様との幸せなひと時に、例え割り込んでこられようと、我慢するしかない。てっきり命を助けた後は、何処かに逃げ去ると思っていたから、このまま私達についてくるなんて思いもしなかったのだ。
「それで、あの2人はこのまま私達と行動を一緒にするつもりなのか?」
ジュノー様の言葉に、女盗賊2人が振り向いた。私はひたすら剣を振っていたが、その手を止めると汗だくになった身体をタオルで拭いた。そしてジュノー様の疑問を解決させるべく、2人に対して言った。
「ドルチェ、ガラーナ。お前達は、本当にジュノー様とこの私についてくるつもりなのか?」
今晩焚火をする場所に、薪を集め運んでいたドルチェが答える。
「ああ? アタシらは、あんたらについて行くと決めたんだ!!」
ジュノー様がドルチェを睨んだ。それに気づいたガラーナが、慌ててドルチェを注意する。
「こ、こら! ドルチェ! あ、あんたもっと言葉に気をつけな!! ベレス様とジュノー様だろ? これから私達のボスになるんだから、あんたらとかいっちゃマズイでしょ!」
ボ、ボス!?
「それもそうだな。すまん、ベレス様、ジュノー様。色々あったが、これから一つよろしく頼むわ」
ジュノー様が、理解できないと言った様子で私の顔を見たので、私が代わりに言った。
「何か勘違いしているようだが、私達がここにいる間、私達の食事や寝床の確保、薪拾いなどやってくれている事には、感謝をしている。お前達には、襲われて殺されそうになったが、それもこれで水に流していいだろうと思う。ジュノー様もこの件については、私に一任されているからな。だが、このままお前達を連れて行く気は私達にはないぞ」
私の言葉を聞いて、とても驚いた表情を見せたドルチェとガラーナ。呆然。ドルチェに至っては、抱きかかえていた薪をその場に落としてしまった。
「で、でで、でももうアタシは、あんたら……じゃねえよ、ベレス様とジュノー様について行くって決めたんだ!! 絶対に2人の役に立つって約束してやんよ!!」
「そうですよ! 私とドルチェが腕も立つと、ご存知でしょ? 私はクオータースタッフ、ドルチェは小型フレイルを得意として上手く扱えます。これからは、お二人をしっかりと護衛しますよ」
「私にとっては、雑魚だ。雑魚に護衛されていても、鬱陶しいことこの上ない」
ジュノー様がボソリと言った言葉に、ドルチェとガラーナははっとして、肩を落とし重く俯いた。もう2人はジュノー様の恐ろしさと、圧倒的な強さを痛いほど知っている。自分達が腕が立つと売り込んでいただけに、こう言われては言い返せない。
盗賊なんて信用ができない。私達には、ヴァルツ総司令官から言い渡された大切な任務がある。私にとって、ドルガンド帝国などどうなったっていい。むしろ、仇といってもいいかもしれない。帝国は、忌み嫌い憎むべき存在。
しかしここにいるジュノー様や、クリスタフ・ヴァルツ総司令官には助けられたし、とても良くしてもらっている。大恩があり、一生かけてもそれを返したいと思っているのだ。今は、それが私の唯一の生きがいにもなっている。
だからこそ、アテナの捕縛と連行。これをなんとしてもやり遂げたかった。その大切な任務に、この2人の存在はとても邪魔になるように思える。2人が盗賊だからこそ、そう思えてならなかった。
ジュノー様に痛い事を言われた2人は、今度は縋るように私を見た。
「言っておくが、私達は盗賊ではない。だから、お前達のボスになる筋合いもない」
「筋合いなんて……私とドルチェは、単純に心を入れ替えたんですよ!! お役に立ちたいのです!!」
「女盗賊団『アスラ』に、入りたいと言っていたようだが」
「入りたいとは、言ってませんよベレス姉さん! 憧れていただけです」
「そう、アタシ達が勝手に憧れて、ライバル視していた。でも、今は新しい目的ができた。姉さん達についていきたいんだよ!!」
「盗賊稼業はどうするんだ?」
「そんなもん、もう終わりだ。ジュノー姉さんに殺されかけたけど、あの時にアタシらは死んだ。これからは、そこから心機一転、息を吹き返した気持ちで、姉さん達についていくぜ!!」
「なぜ、そこまで。会ったばかりだし、どう考えてもおかしいだろ?」
「おかしい? 別におかしくなんてないぜ、ベレス姉さん。アタシらは、自分らの名を大きく残したいんだよ!! ビックになりてえ。だから強くて有名な女盗賊団『アスラ』のようになれたらって思ったんだ!」
ドルチェの目は、爛々と輝き出した。ガラーナは、ドルチェがまた失言をするのではないかとハラハラとしている。それを見て、2人は本心を語っていると思った。
2人の気持ちは、正直理解できない。ジュノー様に圧倒的な力の差を見せつけられた上に、拷問されておかしくなったのかもしれない。
だがあまりにも必死に話すので、もう少し言い分を聞いてやる事にした。襲ってきた相手の命を助け、わがまままで聞いてやるなんて……私もルーラン王国を捨て去ったあの時から、どうかしているのかもしれない。
でもあの時、絶望の淵にいて、そこから引き上げてくれたのは、ここにいるジュノー様だった。私もジュノー様のようになりたい。強い憧れのようなものを、胸の内に感じていた。




