第1184話 『現れないアテナと盗賊の処遇 その2』
アテナが現れるかもしれないと、私とジュノー様は王都近くの平原で、ひたすら待ち構えていた。しかし王都に入ってしまったアテナは、何時まで経ってもいっこうに出てこなかった。
私とジュノー様は、昼頃まで待ってみたが望みが薄いと思い、昨晩野宿した森に引き返す事にした。
森には、小川が流れている場所があり、そこへ向かった。川辺に着くと、2人の足跡をジュノー様が見つけた。ドルチェとガラーナのものだった。
足跡は、昨日野宿をした場所よりも更に川の上流に向かっていた。
ドルチェとガラーナに立ち去る気はないのなら、昼食の準備をしろと言ってしまった手前、私とジュノー様は2人の後を追ってみた。
「ベレス、この辺でいいだろう。この場所は良い場所だ」
「解りました。それではここで休みましょう。ドルチェとガラーナもこちらの方へ向かったはずなので、直ぐに私達を見つけるでしょう」
「まさかとは思うが、お前はあの盗賊なんかを信じているのか?」
「いえ。何かに利用できそうだなという程度ではありますが」
「そうか」
立派な白樺の木。ジュノー様は、それにもたれかかるように座った。私はドルチェとガラーナがもしかしたら、もう戻ってくるのではないかと少しソワソワしていた。
しかし改めて考えてみれば、あれだけ酷い拷問を受けたのだから、普通なら戻ってこないだろう。いや、しかしそれならば、あの後に私達にずっとついてきたりもしないはず。いまいち解らない。私はあの2人に何かを期待しているのか?
そもそもいくらジュノー様とフリート将軍が、物凄く強い剣士だと言っても、アテナだって凄まじい強さであったし、その共の者も強かった。加えて現在のアテナの周りには、クラインベルト王国からの護衛や、パスキアの兵などもいる。
だったら、こちらも利用できる者がいれば利用して、人手や戦力を増やすべきだと思った。私達は、このパスキア王国がどんな国なのかも、まだそれ程知らないのだ。
森の中、小川の近くで暫し休憩していると、白樺の木にもたれかかっていたジュノー様が立ち上がりこちらに歩いてきた。私も立って、ジュノー様を見る。
「ベレス、剣を抜け」
「ジュノー様? それはいったいどうしてでしょうか?」
「いいから」
ジュノー様に言われたように剣を抜く。
「抜きましたが」
「それでは、そこで剣を振ってみろ」
ジュノー様がいったい私に何をさせたいのか、解らなかった。でも言われたとおりに剣を振る。
「そうじゃない、ベレス。本気で振るんだ。本気と言っても、力いっぱいに振れという意味ではない。そこに敵がいて、そいつを斬るつもりで剣を振り下ろす。やってみろ」
「は、はい!」
私は、そこに敵がいると心の中に思った。アテーム・シュバイン、シュバインの部下達、ドルチェ、ガラーナなどの姿が真っ先に浮かんだ。構える。
「やあああ!!」
剣が空を斬った。
「ふむ。言われたとおりに、敵を思い浮かべて斬ったな」
「はい!」
「それでその相手は斬れたか?」
「え? そ、それは……」
「ベレス。お前の剣には迷いがある。だから想像した敵でも斬れないのだ」
「迷いですか?」
「そうだ。剣の腕もまだまだ未熟だ」
「はい、少しでも今より剣を扱える事ができればと思います」
「そうだな。あの女盗賊達には、なかなかいい感じに戦えていたようだが、それでもお前は弱い」
「はい。正直、無理を言ってパスキアに一緒に来てしまいましたが、ジュノー様とフリート将軍がアテナ達と戦っているのを目にしても、何もできないでいました」
「それが解るなら、お前はなかなかのものだぞ。己と相手の力の差が、この広大なヨルメニア大陸の幅程に広くあいているのに、それに気づかない奴も多くいるからな」
ジュノー様はそう言って、森の中へ眼をやった。向こうからドルチェとガラーナが、こちらに歩いてくる。何か背負っているが、獣を狩ったのかもしれない。
「フリート将軍は、アテナよりもゴブリンに襲われるかもしれない村が心配だという。アテナもその一行ですら、王都から現れない。はっきり言って、今は手をこまねいている状態だ。こうしてアテナが王都から出てくるのを、今か今かと待っていてもいいが……これはジリ貧だ。だから新しい策を考えなければならない」
「新しい策ですか」
「そうだ。例えば待って駄目なら、こちらから行ってアテナを捕縛するとかな」
「それは、王都に侵入するという事ですね」
「ジークは、王都に侵入したくないようだったが、あそこでアテナを逃がしてしまった以上、またチャンスがあるとも限らない。こちらから攻める方が、私は性分に合っているしな。兎に角、その方向で作戦を考えようと思う」
「そうですね。このままじっとしていても、仕方がないですし」
「明日、ジークが合流しに来なければ、我々だけで王都へ侵入してみようと思うが、いいか?」
「私は賛成です。ですがそうなると、王都というか城に侵入するという事になりますが……」
「それはそれで、これから考えよう。それじゃ、今日一日は明日に備えて休息をとる。っと言っても、別にやる事もないのでな。お前の剣の稽古をつけてやろうと思ったのだが、どうだ?」
「は、はい!! 是非お願いします!!」
ジュノー様に忠誠を誓ってからも、ジュノー様が他の誰かに剣の指導などする姿を見た事がなかった。ヴァルツ総司令官が言っていたが、ジュノー様は兵を率いる事が苦手で、そもそも部下をもつこと自体が億劫で興味がないといった感じに見えると。
そんなジュノー様が、私に剣の稽古をつけてくれるという。私は、小躍りしたい位に嬉しさで溢れた。
「ボス!! 獣を仕留めてきた!! グレイトディアーだぞ、嬉しいだろ!!」
「おい、ドルチェ! もっと言葉を慎め!」
「はあ? 慎んでいるだろーが!!」
「すいませんね、ジュノー様、ベレス様。こいつは後で言って聞かせますから。それでこの獲物はどうしましょうか? もしよければ、私達が早速調理致しますが」
ジュノー様は、びっくりした顔で私を見た。
「まさか本当に、獲物をとってくるとはな」
「はい、ジュノー様の偉大さを知ったからこそなのかもしれません」
「それはないだろう。私は、こいつらに恐怖のみを与えた。しかしベレス、お前は慈悲を与えた。こいつらは、お前についてきたのだろう」
「わ、私にですか……」
「そうだ。この後、どうするかはお前が決めるんだな」
ルーラン王国でバラミス様に従っていた時もそれ以前も、私なんかについてくる者などいなかった。
ドルチェとガラーナには、今日はこの森にいる事にしたので、我々と一緒にいるつもりなら、早速焚火の準備と獲って来たグレイトディアーの解体と調理をするように命じた。すると2人は、嬉しそうな顔をして鼻歌まじりに作業にとりかかった。
2人があれこれと言い合いをしながらも作業をしている間、私はジュノー様に剣の稽古をつけてもらっていた。
ジュノー様とのこの貴重なひと時だけは、ヴァルツ総司令官からの任務の事を、完全に頭の中から消し去ってしまっていた。




