第1182話 『ジュノーの拷問 その3』
ドルチェは目を覚ますなり、ジュノー様と私を睨みつけた。そして早速、ジュノー様に顔面を蹴り上げられた。ガラーナが間に入り、ひたすらジュノー様に相棒の許しを請うと、ドルチェは何があったのか察したようで、ガラーナ同様に土下座をして共に許しを請うた。
ドルチェは見るからに気が強く、自分を拷問した者へ対して、土下座をしてまで許しを請うなど、屈辱の極みであったに違いない。だが彼女もまた、相棒のこんな姿を見るのは初めてで、衝撃的だったのだろう。ボロボロの身体を引きずって従った。
「それでどうするのだ、ベレス。奴隷として売り飛ばすのか? それとも試し斬りの相手にしてもいいかもしれん。お前にとっては、いい練習になるだろう」
ジュノー様の言葉に、2人の女盗賊は恐怖で身を震わせる。
「いえ、奴隷にもするつもりも、試し斬りの相手にするつもりもありません」
「ほう、ならばどうする? まさか逃がすとう訳ではあるまい?」
私は、2人の女盗賊の顔を睨みつけた。
「ドルチェとガラーナ。お前達は、このまま逃がして欲しいか?」
「そ、それは……」
ガラーナが何かを言いかけた所で、口を挟む。
「ならば、寛大なるジュノー様がお前達をこのままお許しになり、この場から無事に立ち去れたとしたならばどうする?」
「ど、どうするとは……」
「そのままの意味だ」
「そ、それはまた盗賊に戻るだけだ」
今度は、ドルチェが言った。余計な事を言うなという事なのか、彼女はガラーナに肘で突かれている。
「盗賊に戻ってどうする? また人を襲うのか。そして繰り返し奪い、殺す」
「いや、アタシらは確かに盗賊だし、人は襲う。でも普通の盗賊じゃないんだ!!」
「普通じゃない? なら、どんな盗賊だ」
「女盗賊団『アスラ』を知っているか?」
知っているか……じゃなくて、ご存知でしょうかでしょ……と、ドルチェはまたしてもガラーナの肩を肘で突いた。うるさいと反撃するドルチェ。ボロボロなのに、凄い生命力だと思った。
ジュノー様を見ると、顔を左右に振っている。表情は、呆れている。
「ジュノー様は、そんな盗賊団をご存じないとおっしゃっている。だが私は、耳にした事がある。アンパリロー姉妹というのが仕切っていて、頭領は長女のソアラ・アンパリロー。確か、その盗賊団全員が女だとか……はっ! まさかお前達は、そのアスラに入りたいのか?」
「よく知っているな。でもアタシらは、別にソアラ・アンパリローに付き従いたいと思っている訳じゃない。だが女盗賊団『アスラ』のやり方……というか、生きざまには正直痺れているんだ」
「は? 痺れ? 生きざま?」
再びジュノー様を見る。すると、ジュノー様はまた顔を左右へ振った。何を言っているのか、解らないと言っておられるようだ。
「女盗賊団『アスラ』はな。盗賊だから盗みもすれば、村を襲ったり大々的な事もする。だが善人には、絶対に手を出さないんだ。そいつから、金とか物を盗まないっていうんじゃねーよ。命をとらないっていう意味だ。正直言ってアタシとガラーナは、それに憧れているんだよ。でもアスラには、入らねえ。アスラのような盗賊になりたいと思っているんだ。だから今やっている事は、その一歩でもあった」
「よくいう。それで私を殺そうとした」
「抵抗されたからだ。仕方がなかった」
「仕方がない? お前らのそのアスラとやらへの憧れとは、そんなものなのか? もういい、去れ。何処へでも行って勝手にするがいい。その代わり、二度と私達の目の前に現れるな。今度現れれば……」
ガラーナの身体が小刻みに震えた。これ以上は、敢えて言わなくてももうジュノー様に散々刻みつけられている。
私は小型のフレイルとショートソード、クオータースタッフとナイフをそれぞれ2人に返してやった。
この辺は、普通に魔物も生息している。折角逃がしてやった後に、直ぐ魔物に襲われて死なれでもしたら、流石に寝覚めが悪いと思ったからだった。
武器を返されたボロボロと2人の女盗賊は、呆然としていた。
「結局、逃がしてやったのだな」
「はい、逃がしてしまいました。申し訳ありません、ジュノー様」
「お前があやまる事はない。お前が傷を負った事に対しては、怒りを隠せない思いがあるが……あいつらの脅威なんてもの自体は、気にするほどでもないからな。だがもしも、報復にやってくるような事があれば、ベレス……」
「はい、その時は私が間違っていたと認めます。あの2人は、ジュノー様のお好きにして頂いて結構です。あと、何度も億劫ですが、移動しましょう。ここも血が飛び散ったり、盗賊達が失禁して汚してしまったので……」
「確かにそうだな。移動しよう。でも野宿をする場所をまた見つけるといっても、直にもう夜が明けるな」
荷物を纏めて、私達は野宿していた場所を離れた。2人の女盗賊は、最後まで放心状態のようで動けないでいる。だから、そのままそこに放ってきた。
直に夜は明ける……
とりあえず、小川の方へ移動して手や身体、顔を洗った。所々、ピリリとした痛みに襲われる。あの女盗賊達にやられた傷。
ジュノー様も私の隣で、川の水を両手で掬うと美味しそうにゴクゴクと飲まれた。
「ふう、美味いな」
「はい、美味しいですね」
「そう言えば、昨日の私が狩った鳥。あれも絶品だったな」
「はい、絶品でした」
先程まで、まさか捕らえた盗賊達を拷問していた者達とも思えぬ会話。
「ジュノー様、アテナの事ですが……今日も、また王都近くのあの平原に行って、アテナが現れるか見張るのですか?」
「そうだな。でもそんな簡単に出てはこないだろう。縁談らしいからな。それなら王都へ忍び込んだ方が、早いかもしれんが……どうするかだな」
そう、どうするか……あの国境近くでアテナ一行と接触できたあの時。あれが千載一遇のチャンスだったのかもしれない。あそこで逃がした魚は大きかった。
「それはそうとだな、ベレス」
「は、はい」
「お前の判断でこうなったのだ。だから、お前が始末をつけろ」
いきなり、いったい何の事を言われているのか……
そう思った刹那、ジュノー様は森の深い茂みの辺りを親指でさした。そこには、ドルチェとガラーナの姿あり、私達をじっと見つめていた。
私は、幽霊を見てしまったのかもと思ってビクッとする。ジュノー様は、そんな私に気づいて声をあげて笑った。




