第1178話 『小型フレイル』
焚火の前――2人の女盗賊に向かい、剣を構える。
私に対して今、攻撃的になっているのは髪の短い方の女、ドルチェという名前の方。もう片方の長髪のガラーナという女は、そのまま私とドルチェが睨み合っているのを、傍観しているようだ。そしてただ突っ立って、私が焼いておいた鳥肉を食べていた。
まずは、冷静になれ。冷静になって観察だ。敵と戦う時は、乱戦であったとしてもそれが重要だとバラミス様は教えてくださった。
私はバラミス様やジュノー様のようには、剣を扱えない。そこらの腕自慢の冒険者にも及ばないだろう。だからこそ、ルーラン王国の勇将であり、最強騎士団を率いていたバラミス様の言葉を必死に思い出していた。
私がバラミス様配下の騎士となった時、その恩に報いるために、夜な夜な剣を振り稽古に励んだ。そんなある夜、その姿をバラミス様に見られた。バラミス様は、優しい目で稽古をする私に、「精がでるな」と話しかけてくれて、色々と戦闘の極意を教えてくれた。
剣など格闘技術の才能が自分にはない事は、十分に理解していた。だけど騎士団となったからには、少しでもバラミス様の教えてくださった事を理解して、身につけてお役に立たなければと思った。
だからこんな大した力もない私でも、ルーラン最強騎士のバラミス様から教えてくださった技術が少しは備わっている。私個人の力はぜんぜんかもしれないが、勇将バラミス様の戦闘技術はこんな盗賊如きがおよびもするものではないのだ!!
「こいつ、ちょっと1本2本でも骨を折ってやって、動けなくしてやった方がいいな!!」
「ドルチェ、それはいいけど、頭蓋は割らないでね。そいつには、他に仲間がいるようだから、その仲間が何処にいるのかとか、ここへ戻ってくるのかとか聞き出さなきゃならないから」
「ガラーナ!! あんただって、あったま悪い癖に、アタシにあれこれと指図するんじゃねええええよ!!」
あきらかに相棒にキレているはずなのに、その矛先は私に向いていた。ドルチェは、手に持っていた愛用の武器であるだろう小型のフレイルを、私の脳天目がけて勢いよく振り下ろしてきた。
こ、こいつ!! 相棒が頭蓋を割るなと言った傍から、脳天を狙うなんて!!
「はああっ!!」
ギイイン!!
フレイルを、また同じように跳ね上げる。しかしドルチェの目が鋭く光った。振った身体を素早く切り返してきた。先程よりも素早い攻撃が来る。
フレイルは棒状の武器で、その先端に鉄球や分銅などが鎖で繋がっている武器だ。ドルチェの持っているフレイルの形状は、やや分銅型のものが繋がっていて、それが私の腕に命中した。痛みで顔をしかめると、更にそれを連続で放ってきた。脇腹、肩、再び腕と打ち込まれる。強烈な痛みに襲われる。
「ひゃっはっはーー!! 死ね死ね死ねーー!! 一思いに頭蓋を差し出せ!! それが嫌なら、こうして徐々に全身の骨を砕かれて死ぬことなるぞ!!」
「うぐうっ!!」
「ちょっと、ドルチェ! だから頭は狙うなって……って言っても無駄か。ドルチェは、頭に血が上ると、この私でも手がつけられないからね」
まるでひとごとのように呟くガラーナ。
私は必死に身を守っていたが、ドルチェが打ち込む分銅が、身体のいたる箇所にめり込む度に、蹲りそうな程の強烈な痛みに負けそうになっていた。
「ハハハ、なかなか根性見せるじゃねーか!! そんじゃ、もっと強烈なやつをお見舞いしてやる!!」
後ろに下がっては駄目だ。どんどん前に出てこられるし、そうなったら終わりだ。せめてよく目にする、通常サイズのフレイルやウォーハンマーのような大型の武器なら、スピードが遅い分、つけいる隙もあるというのに。小型のフレイルだから、攻撃が早くてよみづらい。
「グチャっと潰れて、死んねえええ!!」
思い切りフレイルを振りかぶるドルチェ!! 反撃に転じるならば、ここだ!!
「うわあああああ!!」
剣を片手に持ち替え、腰に装着していた短剣を抜いてドルチェに向かって投げる。ドルチェは、フレイルを振りかぶっていたが、直ぐに構えなおして、フレイルで私の投げた短剣を弾いた。
私はその隙をついて、地面に転がった。焚火の傍。そこから火の点いた薪を手に取ると、それをドルチェに向かって投げた。ドルチェは、短剣と同じように薪をフレイルで払ったが、叩いた瞬間に薪の木くずと火の子が激しく舞った。
「うがあ!! 火が!! おのれ、なめた真似してくれんじゃんかよーー!! めちゃ許せねえ!! って、うおおおおお!!」
ドルチェが怒りの反撃に出ようとした時には、私はもう彼女の方へまた転がって目の前にいた。私の剣がドルチェの肩を突き刺している事に、自身でも気付いて驚く。
「ぎゃああ、いってえええ!! この女、もう許さねえ!! めちゃめちゃにしてやる!!」
「ドルチェ!! 馬鹿、そいつの剣はあんたの肩を突き刺したまま。ボヤボヤしていると、そのまま首を刎ねられるわよ!!」
「な、なにいい!? ぐえええ!!」
剣を差したまま横に斬り払い、そこからドルチェの首を狙ってまた振り払った。鮮血が飛び散る。
「死ぬのはお前だ!! この盗賊めええ!!」
「ひい!!」
ガンッ!!
首を刎ねたと思った。だがドルチェの首を刎ねる前に、僅かに早く動いていたガラーナは、手に持っていたクオータースタッフで私の剣を防いだ。
「わりい、ガラーナ。助かった」
「これで貸しが、6回ね。いつか、返してもらうわよ」
「はあ、嘘だ!! そんなに借りてねーだろ」
「いえ、私ちゃんと数えているから。それより……仲間が帰ってきちゃったみたいよ」
仲間!? ガラーナの視線の先に目を向けると、そこには暗い真っ暗な夜の森が広がっていた。その暗闇の中から現る、漆黒の女剣士――ジュノー様だった。