第1177話 『あったま悪いんじゃないの?』
背中を誰かに蹴られた感じがした。衝撃で目が覚めると、目の前に知らない女の顔が2つ。慌てて傍に置いていた剣を手に取ろうとしたが、無い!
「おい、動くな!! じっとしていろ!!」
髪の短い方の女が、私の喉元に剣を突き付ける。剣先がチクリと喉に触れた。よく見ると、その剣は私の剣だった。つまり寝ている間に、剣を奪われていたのだ。当たり前と言えば、当たり前……
「ジュノー様!!」
私は、はっとしてジュノー様が眠っていた辺りに目を向けた。
「動くなと言ってんだろ! 死にてーのかよ!! このメスブタがあ!!」
ドカッ!!
「うぐっ!!」
また蹴られる。だがこんな痛みは、どうだっていい。ジュノー様は!! ジュノー様は、無事なのだろうか!!
この女2人は、明らかに盗賊だった。こんな盗賊に、まさか帝国最強の剣士と呼ばれるジュノー様がやられる訳がない。でもいくら強い剣士でも、眠っている時に不意をつかれれば……嫌な想像が頭を過る。
地面に押し付けられ、また蹴りを入れられた。でも私は、這いつくばったままジュノー様の姿を探した。私が目を閉じる前にいたあの場所、彼女がもたれかかっていた岩の辺りにその姿はない。
「き、貴様らあああ!! ジュ、ジュノー様を何処にやったあああ!!」
「ジュノー様? 誰だそりゃ?」
私を押さえつけている髪の短い女は、首を傾げるともう一人の髪の長い女の方を見た。髪の長い女は、両手を広げると首を竦めて横にふる。
「ドルチェ、あんたが見てないんだもん、私だって見ている訳ないだろ」
「そ、そうか」
「そうか……って少し考えると解るでしょ」
「アタシがそーいうゴチャゴチャした事を考えるのが苦手なの知っているだろー!! あったま悪いんだから!! あれこれ面倒事を考えるのはあんたの担当だ、ガラーナ!!」
「どっちが面倒事を考えるのかは、この場は置いておいてさ、この子……さっき別の名前を言ったでしょ」
「ジュノー様とかなんとかな!」
「そうよ、きっと他にも仲間がいるわ」
「なんだと⁉ 仲間がいるのか!!」
髪の短い方……ドルチェと呼ばれた女は、私に仲間がいると気づいて慌てた表情をした。そのまま私をまた蹴りつけて、ジュノー様の事を聞き出すと思った。しかしドルチェの目は、私達が食べ残した鳥肉に目が向いている。焚火の前に突き立った鳥肉の串。
「う、うまそうだな、あの肉。お前が仕留めたのか?」
「盗賊には、何も答えるつもりはない!!」
「生意気な奴だ。いつまでそうやって強がっていられるか、見ものだな。おい、ガラーナ。そっちの焚火の前に突き立っている鶏肉を、一本こっちへとってよこせ!!」
「はあ、私が? なんで?」
「他に誰がいる。はよせー!! アタシはこの女を押さえこんでいるんだぞ!! 手が離せないだろ!!」
ドルチェにそう言われたガラーナは、つかつかと焚火の前に行った。そして突き立っている、鳥肉の刺さった串を手に取った。
「はっはーー、ほれみろ、美味そうな鳥肉だーー!! さあ、こっちへ渡せ! 腹が減ってんだよ、もう二日も水しか飲んでねーかんな!!」
パクッ……もっぐもっぐもっぐ……
「こらああ、てめえ、ガラーナ!! なに食ってんだ!!」
ドルチェに鳥肉をとってよこせと言われたガラーナは、言われた通り鳥肉を手にとった。でも相棒には渡さずに、自分で食べ始めてしまった。
「このクソアマー!! アタシは、腹減ってるって言ってんだろ!! なんで、おめーだけ食ってんだ、ごらああ!!」
「はあ? 腹が減っているって、私も減っているの知っているでしょ。ずっと一緒に行動しているんだから。自分だけお腹が減っているなんて思わないで。あったま悪いわね」
「あったま悪いのは、この世に生まれ落ちた時から知ってるわ!! よこせってんだろーー!! 自分だけ食うな!!」
ドルチェがムキなって、ガラーナの方へ身を乗り出して、鳥肉をよこせと腕を突き出した。しめた、少し体勢が崩れた。私は、思い切り身体を反らせてドルチェの押さえから脱出。起き上がり、両手で突き飛ばし剣を奪い返した。
そして剣を構える。
「はあ、はあ、はあ……盗賊共め。覚悟はできているんだろうな」
あまりの咄嗟の動きで、上手く脱出はできたものの息が乱れて肩を揺らしてしまう。それを悟られまいと努力しようとするが、思い通りにはならない。更に女盗賊2人は、私が脱出して剣を奪い返したというのに、それ程慌てた表情を見せなかった。
「あーあ。ドルチェが手を離したりするから、自由になっちゃったじゃない。どうするの?」
「はあ? それってもしかしてアタシを責めてんのか? 責めてるなら、とんだお角違いだぞ!! ガラーナが、アタシに鳥肉を渡さないからこうなった!! つまりお前のせいだ!!」
「そんなの知らない。私はとってあげるって言っていないし、私だってお腹が減っているって言ったのよね? もう忘れたの? あったま悪いんじゃない?」
「キー―!! あったま悪いのは、お前だガラーナ!!」
頭の悪さの擦り付け合い。なんだこの盗賊は……
でもこの勝手にいがみ合ってくれているのは、私にとってはこの上ないチャンス。ドルチェがガラーナに向かって、また怒りを吐き出したその時、私は思い切り地面を蹴って彼女に斬りかかった。
「喧嘩の続きは、あの世でやっていろおおお!!」
ギイイン!! ガン!! ガン!!
斬りかかった刹那、ドルチェに何かで剣を跳ね上げられる。思い切り歯を食いしばって、斬り返す。続けて二撃。それも弾かれた。
いったい何で弾かれている……そう思って一旦距離をとり、ドルチェを観察する。その手には、フレイルが握られていた。小型の扱いやすようなフレイルで、ドルチェはそれをフラフラと振り子のように振って私をじっと見ていた。