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第1176話  『他の何より価値のある時間』



 結局ジュノー様が仕留めた獲物は、なんという名前の鳥かも解らなかったけれど、とても美味しくて空腹も満たされた。私とジュノー様は、焚火の前で寛ぎ、食後のひとときを楽しんでいた。


 大好きな人と出会い、その人と共に美味しいものを食べて、焚火の前でゆっくりした時間を過ごす。どんな高級な宿や豪邸なんかより、贅沢に感じる。私にとっては大好きな人と一緒にこうしていられる野宿の方が、何万倍も価値があった。


 あそこでもし、シュバインやその部下達に殺されていたら……ヴァルツ総司令官の言葉を受け入れず、死を選んでいたら、この幸せな時間は手に入らなかった。生きていて良かった。本当に生きていて良かったと何度も思った。


 自分の家族や知人達の消息も、もはや解らない。ルーランという私の母国も滅んだ。こんな私に目をかけてくれたルーランの偉大なる勇将バラミス様も、亡くなられてしまった。


 ここでは……この今の野宿しているこの場所、この時間は、ルーラン王国もドルガンド帝国もクランベルト王国もパスキア王国も関係がない。ただいるのは、私とジュノー・ヘラー。2人だけの世界。


 そう……アテナ・クラインベルトだって関係がない。アテナ・クラインベルトがパスキアのカミュウ王子と結ばれ、両国の関係が強固なものになり、ドルガンド帝国に仇なすとしても私にとっては、どうだっていい事。ただ、何かジュノー様の目指すべき道があり、望まれる事があるならば、私は身命をとして心血を注ぎたいのだ。


 だから、今はアテナ・クラインベルトの捕縛の事も忘れる。今暫くは、ジュノー様とこの長閑な時間を貪りたい。



「……ベレス」


「え? あ、はい、ジュノー様!」



 いきなりジュノー様に呼ばれ、崩していた身体を整える。するとジュノー様は笑った。



「そう堅苦しくなるな。ここには、私とお前しかいない」


「はっ!」


「だから堅苦しくなるなと言っているだろう。気を張るのはいいが、ずっと長時間張っていると、いずれ何処かで駄目になるぞ。力を抜く時は、抜く。それが私の部下である心得だ」


「は……はい、ジュノー様」


「少なくとも私とお前だけでいる時は、もっと砕けてかまわん。私もクリスタフ・ヴァルツ……ドルガンド帝国の総司令官殿を相手に、既にクリスタフと呼び捨てにしているしな。まあ、そうでなかったとしても私は、そんなものをあまり気にするつもりもないが」


「は、はい! 解りました!」



 そう言われても、直ぐにそうできるものでもない。私にとってジュノー様は、それほど崇高な存在になってしまっているのだろう。



「それはそうと……アテナ・クラインベルト。あの女を、お前はどう思った?」


「は? は、はい! 剣を使うと聞いておりましたが、そう言っても王女です。しかも国王である父、セシル・クラインベルトは穏和な性格で私は、娘を溺愛するタイプだと決めつけておりました。ですから、きっと箱入りであろうと思っていたのですが……」


「とんでもない剣術の使い手だった。達人……というのか、剣士としては異常なまでの強さ」


「はい。その仲間も恐ろしい強さでした」


「エルフとドワーフ。あのドワーフは、かのデルガルド・ジュエルズの孫だという。それにマーリン・レイノルズ。あの【ウィザード】は、私程ではないと思うがバケモノだな」


「アテナ・クラインベルトはかなりの変わり者だと聞いていますが、その姉のモニカ・クラインベルトも、妹に負けない位の変わり者で、その強さはとんでもないとも言われております」



 ヴァルツ総司令官は、ドルガンド帝国皇帝ジギベル・ド・ドルガンドの命で、間もなくこれからクラインベルト王国を攻め落とす為に進行を開始するだろう。それは遠い未来ではない。ヴァルツ司令官は、準備があるような事も言われていたし、今ジュノー様とフリート将軍が命じられているアテナ・クラインベルトの捕縛もその一つなのだろう。


 準備が完全に整えば、いよいよ戦争が始まる。そうなればクラインベルト王国は、応戦に出るだろうが……あの国には、とんでもない強者が揃っている。


 セシル・クラインベルト、アテナ・クラインベルト、モニカ・クラインベルト、ゲラルド・イーニッヒ、アシュワルド・ブラスコネッガー、ミュゼ・ラブリック……そして、魔導大国オズワルトの天才魔法使いマーリン・レイノルズまでが、アテナの旅の護衛をしているのには、驚きしかなかった。


 でも考えてみれば、クラインベルト王国の宮廷魔導士であるミュゼ・ラブリックはマーリンの祖父、ラダン・レイノルズと並んで魔導大国の双璧と呼ばれた者。繋がりがあっても、当然なのかもしれない。



「アテナの剣捌きを見たか?」


「は? は、はい! 身のこなしもとんでもない動きでした!」


「そうだ。あの奥技『比叡斬』と言っていたが、見た事もない位のとんでもない技だった。あの分だと、まだまだ奥の手を隠し持っているな」


「はい……」


「クリスタフに命じられた任務は、アテナ・クラインベルトの捕縛及び帝国への連行。だがそれは別として、私はアテナとまた戦いたい。こんな気持ちは、初めてなんだ。過去にも何百人と私の前に立ち塞がる者はいたが、どれも口先だけのまがいもの。ジーク・フリートは、少しは他の者とは違うかもしれんが……アテナ・クラインベルトは、私を本気にはさせてくれそうだ」



 ジュノー様はそう言って、木の葉で隠れて見えはしないが、真っ暗な空がある方を見上げた。私はなぜだが、ズキリと胸が強く傷んだ。



「このまま任務を続行すればアテナとは、また戦う事になるでしょう。あの分からして、必ず抵抗をしてくると思われますので」


「そうだな。だがアテナは、もはや王都に入り、城へと入ってしまった。強行しても構わんが、ジークは必ず私を止めるだろうし、クリスタフにも怒られそうだ。暫くは、アテナが王都の外へ出てくるかどうか、様子を見てみるしかないだろう」



 一瞬、ジュノー様がアテナの事を思う時の表情が、私に似ているかもしれないと思った。私がジュノー様の事を思う時と……だが、実はそうではないのかもしれない。


 先程、ズキリとした胸の痛みはそれを感じた時に生じたものだと気づいた。



「さて、ベレス。夜も更けてきた。そろそろ寝よう。獣を遠ざける為、焚火には新たに薪を足しておこう」


「それなら、私がやります! あっ、そういえば鳥肉が、まだ余っていますが」


「余っていてももう食えん。そのままにしておけ。朝飯にでもしよう」



 私は「はい」と返事をすると、焚火に薪を多めに足した。そしてジュノー様は焚火から少しだけ離れた所にある岩にもたれかかり、眠り始めた所で私もその場で横になった。

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