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第1175話 『ベレスの鳥料理』



 見たことがあった。ルーラン王国にも生息している、大きな鳥だった。羽をむしる作業は、なかなか大変だったけれど、いつの間にか黙々と続けていた。ジュノー様も焚火の前に座り、じっとこちらを見つめている。


 でもあともう少しで、羽もむしり終えるという所まで来ると、ジュノー様は座ったまま喋りかけてきた。



「もう終わりそうだな、ベレス」


「はい! もう少しで終わりますので、少々お待ちください!」


「そうか、解った」



 ジュノー様は、おもむろに立ち上がると近くに置いてある薪を手にし、焚火へとくべた。



「ふう……よし! 終わりました、ジュノー様!」


「ほう、ついに終わったか」


「はい! あとは……これから内臓を取り出します。そして川で綺麗に洗って、それから……」


「さっきも言ったが、私は料理が全くできないぞ」


「それでは、ジュノー様はこれまでどうやって食事をされていたのですか?」


「ビッグボアを狩った時と同様だ。いくら料理のスキルが皆無な私でも、肉を火にくべて焼き上げる位の事はできるぞ」


「そうですか」


「なんだ?」


「フフ……いえ、それでは、このジュノー様が見事仕留めてくださった鳥は、焼いて食べる事にしましょう」


「そうか、それは楽しみだな。付け合わせにスープも作ってみるか」



 ヴァルツ総司令官やフリューゲル将軍、フリート将軍に、シュバイン。彼らと共にルーランの大森林で残党軍を追い詰めていた時や、私を凌辱したシュバインの兵達を処刑したジュノー様。その時とは、かけ離れた表情をしている。とても楽しそうで、穏やかな優しい笑顔。


 本当にこの人が漆黒の戦乙女と呼ばれ、帝国の将となり、今まで何百人もの命を奪ってきたのだろうか。


 うう……違う!! そんなのは、私にとっては、どうだっていい!! ジュノー様がどんな人であれ、私には関係ない。私はジュノー様の為に尽くすのみなのだ。善人であろうと、悪人であろうとかまわない。例えどうあろうと、私はジュノー様を信じ、この先も付き従う。それが、私にとって幸せな道であり全てだ。



「ジュノー様。スープは、残念ながら作る事ができません」


「なんだと? なぜだ? あんなもの、鍋に水を張ってそこへ具材を投入して、火にかければいいだけではないのか?」


「その鍋がありません」


「ああーーー、そうか」



 はっとして、ポンと手を叩くジュノー様。そして関心した眼差しで私を見つめる。可愛い……さらりとした美しく長い銀髪に、知的である事を証明するような鋭い切れ長の目。綺麗でかっこいいという印象が強く見えるけれど、時折見せるこういうあどけない表情が可愛くてたまらない。


 上官に対して……ジュノー様に対してこんな事を思うのは、不敬で恐れ多い事かもしれないけれど、生まれてくるこの感情はどうにもならない。



「そ、それにスープを作るなら、例え鍋があったとしても、調味料が必要になりますし……」


「確かに言われてみればそうだな。なるほど……ベレス。さては、お前……料理ができぬふりをしているのではあるまいな」


「はあ!? いえ、できません! それになぜ、私がそんなふりをするのですか?」


「フッ、そうだな。例えば……料理のスキルが皆無に等しい私に対して気を遣っている……とか」


「いえ、他意はありません」


「本当か? 信じていいのか?」



 目を細めて、私を疑っているように見つめるジュノー様。もしかして、からかっている?


 ジュノー様は、突然何かを思い出したようにはっとすると、身に着けていたポーチをゴソゴソと漁り、小瓶を取り出すとこちらに放った。私はそれをキャッチした。白い粉粒?



「それがあった事を思い出した。塩だ。一応、それも調味料ではないか?」


「一応というか、調味料の代表格です! でも、これがあれば味付けして、鳥ももっと美味しく食べられます!」


「そうか。ならこれでスープ……は、鍋がないんだったな」


「はい。鳥は、塩をまぶして焼いて食べましょう」



 早速、取り掛かる。まさかジュノー様が塩を持っていたなんて……


 鳥を丁度いい大きさに切ると、その辺に生えている木を剣で斬って、串を作ってそれに刺し通す。塩をまぶして、メラメラと火が揺れる焚火の直ぐ近くに突き刺した。まるで魚を焼くみたいな焼き方だけど、これで火もしっかりと通るはずだ。


 肉が焼けるまで、焚火を挟む形で私とジュノー様は座る。暫くすると、ジュジューーっと鳥から脂が滴り落ち、とてもジューシーな食欲をそそる香りが漂ってきた。その匂いを嗅いで、初めて自分が今、猛烈に空腹なのだと気づいた。



「大したものだな。ベレス、本当に料理をした事がないのか?」


「いえ、料理をした事はあります。ですが得意ではないですし、普段も率先して作る事はなかったのです」


「なるほどな。それでは、これを機会に料理スキルを極めてみるか? それも面白いと思うぞ」


「え? それはジュノー様もという事ですか?」


「そうだ。だが私は、普段は誰かに料理を作ってやる事はしないし、人に見せるのも好まない。私が料理に対して浮かれているのは、ベレス。お前とだけだ」


「ジュノー様……」



 ジュノー様の言葉が嬉しくて、でも赤面してしまう。思わず俯いてしまった所で、ジュノー様が声をあげた。



「もうこの位の焼き加減でいいだろ。ベレス、肉を食べよう」


「はい!」



 ジュノー様が獲ってきてくれた鳥の肉は、とても美味しかった。味付けは塩だけだったけれど、逆にそれだけで十分な気がした。それほど、ジューシーでしっかりした鳥の肉だった。

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