第1172話 『不安を掻き立てる真っ暗な森』
野宿する場所から歩いてすぐの所に、小川が流れていた。ここは森の中で、月灯りは木々に阻まれていて、辺りは完全に暗闇に包まれている。だけど水の音で、何処に小川があるのかというのは解った。
小川に行くと、近くに松明替わりにしている火の点いた薪を置く。そしてまず汗にまみれた顔と首を、川の水で洗った。
「うっ! っひゃい!!」
夜だし流れもそれなりにあるので、川の水が冷たいという事はある程度予測はしていた。だけどその予想を超えて冷たかったので、変な声が出てしまった。それがあまりにも滑稽で、自分自身の事を可笑しく思ってしまう。
「本当は水浴びをしたい……けれど、この水の冷たさじゃ、流石に風邪を引いてしまうか」
また両手で水を救うと、口元へもっていき一気に飲み干す。かなり水分を欲していたみたいで、それを3度繰り返して、ようやく落ち着いた。
じっと、小川を見つめる。
ザーーーーーーーーッ
考えた事もなかったけれど、流水の音というか……川のせせらぎというのは、なんというか心を落ち着けてくれる。癒しのような効果があると思った。先ほど見た悪夢、それで心が激しくザワついていたが、少し穏やかになった。
水筒を取り出して川の水を汲むと、火のついた薪を手にして、川の辺りを見て回った。
「魚は見つけても、釣竿か銛でもなければとても獲れないだろうが……蟹や貝がいたなら、こんな私でも獲れるだろう。そしてそれなら、食用にできるかもしれない」
料理は得意ではないけれど、蟹や貝もキノコと同じで焼いたりスープにもできる。私にもできる簡単な調理で、美味しく食べられるはずだ。
暫く見て回ったが、一瞬貝があると思って手を伸ばして掴んで見ると、ただの石ころだったりした。やはり火の点いた薪だけじゃ、水の中までよく見えない。
「そう言えば、あれから……気を失ってから、どれ位の時が経つのだろうか。一時間位、経ったんだろうか」
時計を持っていないので、正確な時刻は解らない。だけど結構経っているような気がした。未だ戻ってこないジュノー様の事を思うと、唐突に不安になった。
「ジュノー様……遅い……」
小川から野宿をする場所に戻る。辺りを照らして周囲を見た。もしかしてジュノー様の身に、何かあったのではないかと不安になる。
ジュノー様がとてつもなく強く、ドルガンド帝国最強の剣士だという事は疑わない。だけどここは、夜の闇に包まれた森の中。狂暴な夜行性の魔物に襲われたり、何処かで足を踏み外して穴に落ちたり……なんだって考えられる。
そん事を考えていると、どんどん気持ちは不安へと傾いてくる。もしも、ジュノー様の身に何かあって、森の何処かで動けなくなっていたりなんかして、私が助けに来るのを待っていたりしたらどうしよう。それなら、私はすぐにジュノー様をお助けしなければならない。
焚火の周りを無意識に落ち着きなくうろうろとし始めていた。だって、だからと言ってこれ程の広さの森だ。ジュノー様が何処にいるのかも解らない。狂暴な魔物だって生息はしているだろうし、その中を私1人で探し出せるとも到底思えない。しかも夜……
「それでも行くしかない。もしジュノー様の身に何か起こっていたら、私は……私はとても生きていられないのだから……」
急にさっきの悪夢で、バラミス様達に言われた言葉が蘇る。私は裏切り者。それは、否定できない真実。全てを裏切った私は、生きる価値のない最低の人間。死んだほうがいいって事も解っている。だけどそれでも私は、生きたいと思った。とても自分勝手で、全てを裏切った私がこのままおめおめと生き続けるなんて許されないかもしれない。だが私は、ジュノー様と共に生きていたい。
だからジュノー様の身に何かあったら、私は生きてはいられない。いや、私の命なんてどうだっていい。ジュノー様の命に比べたらこんな命!!
「くそっ!!」
腰に吊った剣を確認する。こうなったら一晩中でもなんでもいい。ジュノー様を探すしかない。
そう思って、野宿する場所から暗い闇の中へ跳び込もうとした刹那、近くの草場が激しく動いた。
ガサガサガサ!!
「ジュノー様!!」
猛獣かもしれないのに、不安で耐えられなくなっていた私は、ジュノー様の名を叫んでしまっていた。そして草むらに近づく。
「ジュノー様!! お戻りになられたのですね!! 帰りが遅いので、どうしたものかと……」
ガサガサガサーーッ!
「ジュノー様だあ?」
「おいおいおい、こりゃどういうこった? こんな森の中に女がいるぞ」
「しかもかなりいい女だ」
「なんだ、貴様らは!!」
草むらから現れたのは、ジュノー様でも猛獣でもなく6人組の男達。剣や斧など装備していて、なりは汚い。盗賊なのか冒険者なのかも解らない。
男達は、勝手に私とジュノー様の野宿をしている場所に足を踏み入れると、辺りを見回した。そして一番偉そうな髭面の男が私の前に来た。前者か。慌てて剣を抜いて構える。剣先は、男の喉元。
「ちょ、ちょ待てよ! こりゃまた随分だなー。出会ってばっかで、初対面の奴にいきなり剣を突き付けるかよ。こえーなー」
男は、にへらと笑いながら言った。他の仲間もゲラゲラと笑う。
「何者だあ!! 名を名乗れえ!!」
「ちょ待てよ! 会ったばかりでそりゃねえだろ。それに、相手に名を聞くときにゃ、まずは自分からっていうのが礼儀ってもんだぜ。だろ?」
男はそう言って、こちらにゆっくりと近づいてきた。他の男達もそうだ。じりじりと私の方に近づいてきている。
私は男達に剣を向けたまま、ゆっくりと後ずさった。