第1170話 『キノコ?』
ルーラン王国にいた頃の私は、貧しい生活を送っていた。だが、街の内側には住んでいた。
つまり何が言いたいのかというと、私にはこれまでこういった野宿をした経験が無いのだ。ジュノー様が既に焚火を熾してくれたから、それはいいとして……まず何をすればいいのか段取りが解らなかった。手探りでするしかない。
ジュノー様は、何か食糧を調達しに行っている。もしかしたら、またルーランの大森林で獲ったビッグボアを仕留めてくるかもしれない。あのビッグボアは、とても肉厚で脂が十分にのっていて、美味しかった。ビッグボアの肉に噛みついた時に、口の中に肉汁でいっぱいになったのを、今も鮮明に思い出す。唾液が溢れてくる。
そして、ぐーーーっと鳴る腹。呟く。
「またあのビッグボアを食べたいなあ……って、獲ってくるのはジュノー様なのに! 駄目だ、そんな事を考えていないで、ジュノー様が何か食糧を手に入れて戻ってきたら、すぐに食事の準備ができるようにしておかないと!」
テントや寝袋、せめて毛布でもあれば……転移石でこっちへ飛ぶ前に、しっかりと準備をして来れば良かったか……って、そんな事をヴァルツ総司令官に言えば、怒られてしまう。お前は、キャンプ気分なのかと……ならやはり、気づかなくて正解だったのかもしれない。
せめて私が騎士などではなく冒険者であったなら、多少はそういう野宿する知識を身に着けていたのだろうが……そうでないのだから、今更いくら考えても仕方がない。できる事をしよう。
とりあえず、まず必要なものは薪と水。あと寝床か。
暗い森の中は、危険な魔物がうろついている。そういうのを追い払う為にも焚火は、かかせない。朝までこのまま燃やし続けて、火を絶やさないようにしなければならないとなると、薪はもっと拾っておいた方がいいだろう。
「よし、この辺りにも薪になりそうな木は沢山あるはずだ。探してみるか」
メラメラと燃える焚火に手を伸ばし、片端に火のついた薪を一本手に取る。これは松明替わりになる。
火のついた薪で周囲を照らし、辺りを歩き回って色々と調べてみた。すると早速、薪になりそうな木を見つけた。枯れていて、よく燃えそうだ。
薪を集め始めると、私はいつしか夢中になっていた。薪拾いにだ。足を何かにぶつけ、灯りをそちらへ向けて確かめる。すると倒木があった。
「こ、これは……」
しゃがみ込み、倒木に触れる。倒木は、腐っていて空洞になっている部分があった。その中を覗き込むと、沢山のキノコが生えている。
「キ、キノコだ。倒木の内側に、キノコが生えている……しかも大きさも色々だが、種類もいくつかあるようだ」
キノコは、毒をもっているイメージが強いが食べられるキノコもある。因みに私は、キノコには全くと言っていいほど詳しくはない。市場で陳列されたものを買って食べた事はもちろんあるが、もはやそれは食用として売られているもで、あまりまじまじと注意をして見てはいないし、飲食店でも注文した料理になにかしらのキノコが入っている事はあっても、これまで特別に興味を持った事はなかった。
「これは、食用にできるキノコなのか……?」
もし食用にできるキノコなら、焼いて食べてもいいし、スープにだって入れられる。私は料理は得意ではないけれど、それ位単純なものならできる。
だが……このキノコが食用かそうでないかは、今の私に解る術はない。
「…………」
それでも実際に手に取ってじっくりと見てみれば、思い出すかもしれない。私が過去に市場で見たキノコ。それと同じものだとして、そうだと判別がつくかもしれない。覚えていなくても、記憶の奥底に埋もれているというのはよくある話だ。
そうだ。まずは諦めてしまわないで、手に取って調べてみよう。それで判断がつかなければ、食べなければいいだけの話。簡単な事だった。
「よし、いいだろう! ちょっと調べてみよう」
足元に転がる石を集めて小さな山にすると、そこに火のついた薪を指した。これでちょっとしたトーチだ。辺りも火で照らされて見えるし、両手もフリーになった。
私は倒木の隣でしゃがみこむと、そこから四つん這いになった。こうしないと、倒木の腹の中まで腕が届かない。
倒木の腐って空洞になった幹の内側に、腕を伸ばし覗き込む。さっき確認した時は、何種類かのキノコがあったが、まずはどれを手に取ってみるか……いずれにしても、全部取ってみるだろうし片っ端から採ればいいか。
そう思って一つのキノコに狙いを絞り、腕を伸ばし切った瞬間だった。
ピキーーーー!!
倒木の腹の中、沢山生えるキノコのうち、いくつかが動きだした。キノコは生えていた場所で勢いよく飛び跳ねると、倒木の空洞の中を走り回る。キノコに手足が生えている。
「きゃあああああ!!!!」
私はあまりの事に血の気が引いて、悲鳴をあげる。そして驚きのあまり後ろに転がって、そこに生えていた木に背中を大きくぶつけた。揺れる木。
ボトッ!
真っ暗な夜の森。私は走り回る手足の生えたキノコに驚き、馬車に跳ね飛ばされたように後方へ転がって、木に身体を打ち付ける。するとその振動で木の上から、私の太腿位の太さのある芋虫が膝の上に落ちて来た。
「ぎゃああああああああ!!!!」
またも悲鳴をあげる。いや、自分でも驚く位のさっきよりも大きな悲鳴だった。
芋虫は、沢山の足を動かして私の膝の上でのたうっていた。悪寒が走る。
私は、そのまま気を失ってしまった。




