第1163話 『聞く耳を持ってないよね!』
洞穴の泉の底にある壁には、横穴があった。その中がどうなっているのか、好奇心にかられた私とゾーイは、潜って先がどうなっているのか確かめる事にした。これこそ冒険よね。
でもちゃんと、気をつけないといけない事もある。もしも私とゾーイが、ルシエルやファムみたいに水中でも呼吸のできる、あの風属性魔法が使たなら、こんな心配はいらなかったのかもしれないけれど……残念ながら使えない。少しでも息が苦しくなってきたら、万一を考えて、冒険は諦めて引き返さなくちゃならないって思っていた。
穴は見事に横穴で、少しうねりがあって所々がカーブしていた。私が先頭に行くというと、何かあったら困るからとゾーイが先頭を行くと言って聞かなかった。だから私は、隙をついて先に穴の中へ入ってやった。
だって、私だってゾーイに何かあったら困るもん。彼女は慌てて追ってくる。
かなり進んだ所で、息がちょっと苦しくなってきて引き返そうかと思った。そこで何かを感じた。ゾーイは、私に向かって戻ろうサインを送ってくる。だけど私は、ゾーイに対して戻ってとサインを送ると、好奇心には抗えずに入口から逆を向き、もう少しだけ進んでしまった。
すると……
ザパアアッ!
「ぷはーー、はあ、はあ、はあ、ぜえ、ぜえ、ふうーーー。ちょ、ちょっと苦しかったかな。あはは、やっぱり空洞があったわね」
ザパンッ!
戻ってって言ったのに、結局ついてきてしまったゾーイ。彼女は、エスメラルダ王妃直轄の騎士だし、もともとはヴァレスティナ公国の人。彼女の直属の上司である、団長のゾルバもそうだけど、クラインベルト王国に来てからも、その本質はクラインベルトではなくヴァレスティナの者であるという色が濃い。
だからこそ、彼女がここで私の後を心配してついてきた事に、少し驚いてしまった。エスメラルダ王妃の為なら解るんだけど、この私の為に危険をおかすなんて……正直、彼女にとっての利益はないはずなのに。
それでも、仲が普段から最悪で血が繋がっていないとはいえど、エスメラルダ王妃とは親子という事になるから、こうしてついて来てくれているのだろうかと考える。
「はあ、はあ、はあ! アテナ様!! なぜ、引き返さなかったのですか!」
「え? なぜって……そりゃ、すぐそこに何かありそうだったからかな。あはは……」
何かあると思った横穴の先には、空洞が広がっていた。ここは私達が今キャンプをしている場所よりも低い場所、つまり地底って事になるのかな。
ゾーイは、勢いよく水からあがると、こちらの方に手を伸ばして強引に私を引き上げた。
「きゃあっ!! って、下は岩なんだら、もう少しゆっくりと上にあげてくれないと痛いよ! ちょ、ちょっとゾーイ! いたたたた!!」
ゾーイは、力任せに引き上げた私を、地面に転がして馬乗りになった。あまりの事に、抵抗する暇もない。そしてゾーイは両手で私の両頬を強く引っ張った。
「ひはい、ひはいよ、ほーーい!!」
痛いよ、痛いよ、ゾーイ。そう言ったつもりだったけど、頬が伸びていてはっきりと喋れない。ゾーイを涙目で見つめると、彼女は私の頬をやっと解放してくれた。でもまだ馬乗りのまま。
いったい、ゾーイはどうしてこんな事をするのという気持ちと、ここから脱出しようと思えば、私には師匠仕込みの得意な組技があるので、その気になればできるはずと、頭の中で何度も脱出の為のシュミレーションをしている自分がいた。
「アテナ様!!」
「は、はい!」
「ここには、エスメラルダ様もエドモンテ様も、ルーニ様もいない!!」
「そ、そうだね。泉の底だもんね」
「クラインベルト王国の者も、ヴァレスティナ王国の者もいない。パスキアの者達が、我々のこの対決を観戦する為に放ったブンブンと鬱陶しい空飛ぶ虫だっていない!!」
あのテントウムシの事ね。
「だから、ここにはあなたと私だけ。ここは恐らく地底ですし、こんな所で何かあっても誰も気づかない」
「な、何がいいたいの? ゾーイ」
ゾーイは私に馬乗りになった状態から、また身体を入れ替えて私をうつ伏せの状態にして膝に乗せた。そして大きく手を振りかぶり、私のお尻を勢いよく叩いた。
バチーーーン!!
洞窟内に響き渡る音。
「い、いたーーーい!! え? え? なになに!!」
「痛いだと? 痛いじゃない!!」
「え? え? ゾーイ?」
「なぜ、横穴の途中で引き返さない!! 私はそうして欲しいと、あなたにサインを送った!! なのに、それをあなたは無視して!!」
バチーーーーン!!
「きゃああ!! 痛い!! 本当に痛いよ、ゾーイ!! やめて!!」
あまりの出来事に、抵抗できない。正確に言えば、組技を使えば脱出して反撃できる。だけど今のこのゾーイからは、悪意や敵意のようなものは感じ取れなかった。むしろ、私が危険な事をしたから……あさはかさに怒っているふうに見える。
それは、私にもしもの事があったら、自分が立場的に困る……といったものではなくて、ただ純粋に命を粗末にするなって怒っているように感じた。そう、ビリビリとお尻に走る痛みと合わせて感じている。
「ちょ、ちょっとゾーイ!! 解ったからやめて!!」
バチーーーーン!!
「痛いって!! 爺でももう少し、弱めに叩いているわよ! だからもうやめて!!」
「まだ聞いていません! なぜ、戻らなかったのですか!!」
「そ、それは……」
バチーーーーン!!
「きゃああ!! 痛い、痛い!! ゾーイ、ちょっとやめて!! 向こうに何か見えたから、折角だし確認しておこうと思ったの!! 私はこれでも一応、冒険者なの!! こういう事があったら、確かめる性分だし大丈夫と判断したから行動したの!!」
「それでも危険はありました! だからあと20回、お尻を叩きます!!」
「えええ、そんなー!! そんなに叩いたら、お尻が腫れあがっちゃうわよ!!」
言ってもゾーイは、聞いてくれなかった。理由を聞いておきながら、聞く耳を持たない! 持っていない!! はわわわ!!
だけど、ゾーイが私の事を心配してくれていた事は伝わってきたので、ここは我慢して耐える事にした。結果、お尻は赤く腫れあがってちょっと触れると、「ひっ!」っと変な声がでた。
あと、回復魔法でお尻の痛みを消し去る事は可能だと気づいたけれど、それをするとまた叩かれるかもしれないのでやめておいた。
ううーーん。クールビューティーだと思っていたのに、意外とこういう性格なんだ、ゾーイって。
でも不思議と、ガンロック王国で初めて私達の前に立ちはだかり、お腹に鉄球を蹴り込んできた頃の彼女と比べても、今のゾーイは何倍も仲良くなれそうに思えた。




