第1160話 『汗と汚れを落とさなくちゃ』
すっかりと辺りは暗くなっていて、夜空には綺麗なお月様と沢山の星が散らばって輝いていた。ガンロック王国を旅した時に思った事だけど、荒野とか砂漠の夜はとても夜空が綺麗に見えるんだなって。
それは、本などで知識として知っていた事だけれど、あのガンロックに入国して直ぐに暑さと乾きで倒れてしまった後、ナジームに助けてもらって彼のキャンプにお邪魔した時。あの時に、初めて私は荒野の夜空がこんなにも綺麗なんだって本当の意味で知った。
私は暫く夜空を見上げたあと、自分のテントの方へと行き荷物をゴソゴソと漁った。そう、お腹ももういっぱいになったしこれから洞穴の泉に行って、今日一日の汗や汚れを落としてこようと思ったから。
「おっ! アテナ、どっか行くのか?」
焚火から少し離れた場所。トリスタン・ストラムが突き刺した旗の近くにある岩で、ルシエルとノエルは座り込んでいる。そしてエスメラルダ王妃達が獲ってきてくれた貝のお刺身をあてに、楽しげにお酒を飲んでる。
因みに焚火の方では、エスメラルダ王妃とクロエとルキアが囲んでお喋りをしている。近くには、カルビとスナネコ。
ゾーイは、焼けたお肉を手に持って、一番離れた所で一人食べている様子。一匹狼とかそういうのじゃなくて、私達のキャンプに危険が迫っていないか、周囲を警戒してくれているみたい。
「これから水浴びに行こうと思ってね。日中は、かなり汗をかいちゃったし、全身砂まみれだから」
「ほうほう、流石は乙女って事ですな」
「乙女じゃなくても、汚れていれば綺麗にするでしょ。ルシエルとノエルも、一緒に行く?」
「うーーん、いいね。でも今は、まだいいや。もうちょっと、食って飲んでからにしようかな」
「うん、別にそれでもいいけど」
ルシエルにふられたので、今度はノエルに視線を向ける。
「ノエルは、どう?」
「そうだな。でもあたしら皆で行ったら、ここが手薄になるだろ? 近場といえば近場だが、正直微妙な距離だろ。もしラプトルやらが襲撃してきても、直ぐには戻ってこれないし、あの泉のある洞穴からこのキャンプ場所は見えない」
「そうね、確かに言われてみれば、ノエルのいう通りだったわ。じゃあ、ノエルとルシエルは、後からでって事で、私はお先に水浴びさせて頂きまーす」
「おう、行ってらっしゃーーい!」
お酒を飲んで、美味しいものを食べてしているから当たり前なんだけど、ルシエルはいつに増して上機嫌で、片手をあげて私を見送った。
「さて、どうしようか。ルシエルとノエルが、ここに居てくれるなら安心だけど……1人で洞穴に行くのは、ちょっと寂しいかな」
ちらりとエスメラルダ王妃達を見る。ルキアもクロエは、彼女の話を聞いて目を爛々と輝かせている。あの2人がエスメラルダ王妃から、夢中になるような話を聞かされているって事は、もしかしたら彼女がクランベルト王国にやってきてお父様と結婚した話とかかもしれない。あと、来る前。つまりヴァレスティナ公国での話で、どんな暮らしをしていたか。もしそうなら、確かに気になるよね。
ヴァレスティナ公国には、エスメラルダ王妃の父親になるエゾンド公爵がいる。私の祖父にあたる訳だけど、実は私はエゾンド公爵にはこれまで一度しか会った事がない。それに会ったのは、ヴァレスティナ公国の国境付近だった。そこまでエゾンド公爵がやって来た時の事を、思い出す。
お父様はどうだったかは覚えていないけれど、あの時確かに私は、ヴァレスティナ公国へ入国した憶えがない。
ヴァレスティナ公国は、エゾンド公爵が統治している貴族達の国……そう言えば、シャルロッテも伯爵令嬢で、その国にいるんだっけ。シャルロッテは、元気かな。久しぶりに会いたいな。
エスメラルダ王妃が今、ルキアとクロエに自分の祖国の事を話して聞かせているなら、ああいうまるで冒険譚でも聞いているような顔に私もなるかな。シャルロッテやキョウシロウがいる国だって思うと、どんな国なのか気にもなるし。
……ふーむ。でも、今からあの中にまざるというのもなー……エスメラルダ王妃に邪魔してると思われるのも、やだし……
そうだ!
「ゾーイ!」
私の言葉を聞いて、彼女はこちらを振り向く。私は彼女に近づくと、彼女が手に持っているお肉に目を落とした。
「それはどっち?」
ゾーイは、両手に持っていたお肉をそれぞれ見つめて答えた。
「こっちがガルーダの肉で、こっちがラプトルの肉です」
「そうなんだ。味は違うけれど、そのゾーイが今持っているお肉、結構こんがりと焼けていてどっちか解らなかったから」
「そうですか」
ゾーイは、私と視線をあまり合わせずにそう言った。彼女はヴァレスティナ公国の人で、エスメラルダ王妃の護衛を務めて、一緒にクラインベルト王国へやってきた。団長のゾルバや、副団長のガイも同じ。鎖鉄球騎士団そのものがそうだった。
だけど今は、エスメラルダ王妃と共にクラインベルト王国の騎士としてクラインベルトにいる。だからゾーイは、私とあまり視線を合わせないのかもしれない。私は王女で、彼女は王妃に仕える騎士だから。
でも私は彼女の目を見つめて言った。
「これから私、汗を流しに行こうと思っているんだけど、一緒に行かない?」
「私と一緒に?」
「そうよ。ゾーイ・エルさんと」
一瞬、何か考えている表情をするゾーイ。
「私の任務は、エスメラルダ様の護衛」
「今は、キャンプにルシエルとノエルがいるから大丈夫よ」
「2人は飲んだくれている。まともな警備ができるとは、思えませんが」
「大丈夫。ルシエル……は、兎も角ノエルは結構しっかりしているから。半分ドワーフの血が混じっているからか、お酒にも超強いしね。それとゾーイ、あなたちょっと臭うわよ。フフフ、汗くさーい」
「な!?」
慌てて自分の身体を嗅いでみるゾーイ。いくらクールぶっていたって年頃の女の子だもんね。でも本当は、ゾーイから臭いニオイはしてこなかった。彼女だって一日、荒野に降り注ぐ容赦のない太陽に晒されていただろうし、疲労もたまっている。それに私と同じく、汗と砂に塗れているのは事実なので、こういえばついてくると思った。
「キャンプは大丈夫だから。ルシエルとノエルがいるし、今エスメラルダ王妃と一緒にルキアとクロエもいる。その傍にはカルビもね。だから大丈夫。あと、オマケを付け加えると、このままここにいて汗を流さないでいるともっと汗臭くなって、明日エスメラルダ王妃から汗臭いって怒られるかもしれいわよ」
エスメラルダ王妃に指摘される。これが一番効いたみたいで、彼女は仕方なくという感じで頷き、私の後についてきた。




