第1156話 『白い貝を食べてみよう その1』
エスメラルダ王妃には、また驚かされてしまった。 彼女は、もっとつんけんした物言いをすると思っていたのに、皆の前で発した言葉はとてもまともで、皆を元気にさせた。このモラッタさん達との対決は、絶対に勝とう。そしてありえない事に、私の事を褒めた上に力を貸してあげて欲しいと言った。
それはそれは、とんでもなくありえない事の中でも特にありえない。本当にそんな事だった。
まず今までの彼女は、決して私の事を褒めたりしない。そして力を貸してあげて欲しいなんてお願いもしない。せいぜい私の事を罵った上で、ルシエル達に私達に対する助力を許可します。とか、なんかおかしい事を言うはず。それだけに、反応に困っていた。
呆然としていた私以外の皆がエスメラルダ王妃に対して拍手を贈ると、彼女はその場に座り、今度はルシエルが立ち上がった。
「それじゃーー、アテナの母ちゃんからのありがてー言葉もすんで気合も入ったし、飯にしよーぜ!!」
「よーーし、飯だ飯!!」
「クロエ、そっちのお皿をとって」
「ええ、ちょっと待って。あっ、ここにあった」
ワウワウ。
ルシエルの言葉をきっかけにノエル、ルキア、クロエと皆食事をし始めた。一方私は、ルシエルがさらっとエスメラルダ王妃の事を、エスカルゴ王妃でも王妃様でもなく、アテナの母ちゃんって言った事で、内心ドキっとしてしまっていた。
恐る恐るエスメラルダ王妃の顔を見ると、彼女は特に気にしている様子もない。クロエがお皿など手渡すと、それを受け取り料理に視線を向けている。
ううーーん。折角の美味しい料理の前なのに。私ったら、ちょっと考えすぎなのかもしれない。困った困った。
少し反省して、気持ちを切り替える。ノエルが言った。
「それじゃ、アテナ。こっちに乗せた、肉から焼いていけばいいんだな」
「えっと、そっちはラプトルのお肉だっけ。うん。それじゃ、ラプトルから味見してみようか。それと、早速貝も焼いてみよう。食べられるかどうか、先に調べておいた方がいいかもだからね」
「心配はいりません。その貝は、食べられますよ」
!!
唐突にエスメラルダ王妃が、言った。
「え? 食べられるの? っていうか、この貝を知っているんですか?」
皆、エスメラルダ王妃に注目する。だけどゾーイだけは、全く驚いていないみたい。
「ええ。さっき、思い出しました。よく見ればその貝は、わたくしのもともといた国、ヴァレスティナ公国では一般的に食べられていたりする貝だという事を」
うーーん、ほんとに?
「なんですか、アテナ。あなたはわたくしの言葉が信じられせんか。この貝は食べられるのですよ。そうですよね、ゾーイ」
「はい、エスメラルダ様」
そうなんだ。ゾーイも知っているんだ。ゾーイもヴァレスティナ公国出身だから、エスメラルダ王妃同様に、馴染の深い貝なのかもしれない。
「まあ、そうは言っても、生息地はかなり限られていたはず。清潔で澄んだ水、そして水の流れが緩やかで、水深がそれなりにある場所でないと、育たないと言われていたと思います」
ルキアがポンと手を叩く。
「なるほど。じゃあ、確かにあの洞穴の泉は、その条件にあっているかもしれませんね」
「あんな場所にこの貝があるとは思いませんでしたし、実際に生息場所を目にした事もありません。だから最初は気づきませんでしたが、間違いないでしょう」
ラプトルの肉。ノエルと共に、目の前に設置してある網に、どんどん乗せて焼き始めているルシエルが、思い出したかのように振り向いて聞いた。
「確かにその白い貝、でかいし食いごたえはありそうだ。けどよ、二種類あるだろ? どっちもいけんのかな?」
白い貝は、二枚貝と巻貝。確かに二種類あった。ゾーイがルシエルに答える。
「どちらも食べられる。先ほどエスメラルダ様がおっしゃったように、極めて清潔な場所で獲れる貝だから問題なく食べられるし、癖もなく美味だ。生食に抵抗がなければ、そのまま食べてもいい」
「な、生食なんて、できるのか⁉ この貝!! ものすげえじゃねーか、なあアテナ!!」
そう言って私の顔を見るルシエル。
「池や沼でたまに貝とか見かけるけど、生食なんてとても……絶対ポンポンもってかれそーだし、考えた事もなかったぜー。なあ、アテナ!」
「そうね。私も流石に貝をそのままで食べた事はないかな」
「それが今日、食べられるのかーー、じゅるじゅる……」
まだ生で食べるって言ってもいないのに、既にルシエルとルキア、ノエルまでもがキラキラとした目で私を見つめていた。そう、物凄く期待した目でヨダレを垂らして。
「もう、解ったわよ。でも私、貝を生で食べた事なんてないから、どういう風に調理すればいいのか解らないよ」
「えええーーー!!」
明らかに不満げな顔をするルシエル。それに、それでもどうにかするよねって期待する気持ちを折り曲げないルキアとノエル。
ふう、仕方がないのでエスメラルダ王妃に視線を向ける。
「貝を生食するなら、そうですね。お刺身がいいですね。あと調理をするなら、よく斬れる包丁があればいいけれど、あとお醤油」
なんてことだろう。よく斬れる包丁はないけれど、よく斬れる刃物なら持っている。それにお醤油も実は持っていたりする。
こうなったら、ちょっと人生初の貝のお刺身。トライしてみるしかないかな。私だって、食べてみたいし。




