第1152話 『そろそろ戻ってくるかも』
私とルキアとクロエは、日除けの為に張ったタープの下で、仲良く揃って横になってカルビやスナネコと戯れていた。っていうか、2人がカルビやスナネコと遊んでいる間、私は少し昼寝をさせてもらっていたのだ。
「ううーーん……」
「あ、起きましたか、アテナ」
「アテナさん」
目覚めると、ルキアとクロエの声。起き上がってみると、ルキアも私と同様に水着姿になっていた。楽しげに、カルビとスナネコの頭を撫でているクロエ。
「ふあーー……よく寝た」
大きなあくび。昼寝ってなんでこんなに気持ちがいいんだろ。
起き上がって大きく背伸び。そのまま立ち上がって見上げてみると、夕焼け色の空。太陽が沈み始めていた。
「私達がカルビやスナネコと遊んでいる間、テントウムシはチラッと一度だけやってきて、また何処かへ飛んで行っちゃいました」
ルキアがにこりと笑って言った。
「ふーーん、そうなんだ。私はずっと昼寝しちゃっているし、ルキアとクロエはカルビやスナネコと遊んでいるだけだから、こんなのをじっと見ていても、パスキアの王宮にいる人達は楽しくはないだろうからね。延々と映していても面白くないから、何処かへ行っちゃったのかもしれないね」
「そうなんですか?」
「きっとそうだよ。また魔物と出くわす事があったり、砂嵐がやってきたりして、盛り上がるような転回……というか、トラブルやモラッタさん達との直接的な対決が始れば、テントウムシもまた忙しく飛び回るんじゃないかな」
ルキアにそう言ったあと、クロエの顔を見る。大好きなカルビと、可愛いスナネコと一緒に遊んでいてとても楽しそう。
あれ? そういえば、いつのまにスナネコは2人に懐いたんだろう。
「エスメラルダ王妃は、相変わらずテント?」
2人にそう聞くと、クロエが答えてくれた。
「はい。あれからご自身のテントにずっといらっしゃいます。一度、心配になって声をかけに行きましたが、ゾーイさんが帰るまで本を読んでいるっておっしゃっていました」
「そうなんだ」
エスメラルダ王妃は、ルキアの事も気に入りだしたみたいだけど、クロエの事はかなり気に入っている。だから水浴びからキャンプに戻って来た後は、てっきり自分のテントに入るように言って一緒にいると思っていたんだけど……
クロエとルキアは、キャンプに戻ってくるなりスナネコを見て、凄く一緒に遊びたがった。だからエスメラルダ王妃は、察してクロエを誘わずにテントで1人読書をし始めたのかもしれない。
もしくは、この砂に塗れた環境が嫌になって、少し1人になりたかっただけなのかもしれないけれど……
でもどちらにしても、本当に私の知っているこれまでのエスメラルダ王妃とは、かけ離れているように感じられた。この国、パスキアに来てからの彼女は、今までの自分をまるで否定しているかのようにも見える程。それ程の、変化を感じる。
例えば、ブラッドリー・クリーンファルトに向ける、あの穏やかな表情。特別と言ってもいい。そして、クロエやルキアに対する気配りや優しさ。カルビの事もそう。カルビは私達の大切な仲間で、かけがえのない存在。だけどエスメラルダ王妃にとっては、使い魔と説明しても魔物としか思わないだろうし、その魔物としか思えないカルビが自分のいるテントに入る事を絶対に許したりはしないはず。
少なくとも彼女がクラインベルト王国にやってきて、お父様の再婚相手となり、王妃になってからの私の中のイメージは、そうだった。一生彼女とは、どうやったって解りあえない。そんなふうにも思っていたはずなのに、今の彼女は少し話しやすさのようなものや、親しみやすさのような暖かなものを感じる。
私は、はっとしてルキアの方を向いた。
「あっ! そう言えばルシエル達って、帰ってきたの?」
「それが、まだなんですよ。遅いですよね。ルシエルの事だし、ノエルやゾーイさんもいるから大丈夫だとは思いますけど、ちょっと心配になってきますよね。もう夕方ですし」
ぐうーーー
急にお腹がなる。
「あははは、ごめん。そう言えばお昼もまだ何も食べてなかったよね。ルシエル達が、きっと何か調達してきてくれると期待して待っていたから」
「探しに行った方がいいですか?」
「ううん、もう少し信じて待とう。それで暗くなっても戻らないようなら、何かあったって事だから、私がちょっと行ってみてくる」
「それだったら、私も」
「ルキアは、ここに居て。誰かがキャンプに居なきゃなし、エスメラルダ王妃とクロエだけを残してはいけないでしょ。ルキアとカルビが、2人を守ってくれないと」
ルキアは、横でカルビとスナネコと戯れているクロエの顔を見つめた。
「はい、解りました。アテナが戻ってくるまで、私とカルビがこのキャンプも、王妃様もクロエも守ります」
「ルキアがそう言ってくれると心強いね。ありがとう。でももしかしたら、そろそろ「今戻ったぞーー」っとか言って、気楽に手を挙げて現れるかもしれないでしょ。なんせ、ルシエルだからね」
「あはは、確かにルシエルですもんね」
「ルシエルさんですから」
私とルキアの会話を聞いていたクロエも、同じように続けて言った。3人であははと大笑いする。すると荒野の向こう、夕陽が沈もうとする地平の彼方に、3人の人影が見えた。間違えない。あれは、ルシエルとノエルとゾーイ。無事に戻って来たんだ。
「ほら、ルキア、クロエ! 言った傍から、ルシエル達が戻って来たよ」
「あ! 本当だ! しかも大きな袋と、何か引きずってますね。動物のようですけど」
「袋の方は兎も角、引きずっているのは大きな鳥……のように見えるけど……」
私とルキアの言葉を聞いたクロエは、両手を合わせて嬉しそうな声で言った。
「ルシエルさん達、見事に大きな獲物を見つけて、狩りをして戻って来たのですね」
うん。そういう事だと思った。私とルキアは、立ち上がってお尻についた砂を払うと、ルシエル達を出迎える準備を始めた。
「おーーーい!! 今、戻ったぞーーーーい!!」
そして遠くの方から、ルシエルの叫ぶ声が聞こえた。私とルキアは、ブンブンと手を振って応えた。




