第1150話 『手懐けられるかな その1』
自分で言うのもなんだけど、凄くつまらない映像だと思った。
だってあれから私は、自分のキャンプの周辺をひと回りして異常がないか確かめた後、いそいそと水着に着替えると、敷いたシートの上に転がってずっと読書をしていたから。
リンド・バーロックという冒険者が書いた私の愛読書の他に、二冊。それを寝転がった傍に積んで読みふける。そうして数十分過ぎたあたりで、キャンプの真上に移動しては、私の行動をずっとモニタリングしていたテントウ虫は、何処かへと飛び去っていった。
テントウ虫がとらえた映像は、リアルタイムでパスキア王宮のフィリップ王達が集まっている部屋に映し出されているらしい。私達とモラッタさん達のこの対決を、観戦する為に。
だけどこの対決は何日も続く訳だし、その間フィリップ王やメアリー王妃、その他の王族や大臣たちもずっとこの対決を観戦しているとも思えない。いくら暇な人でも、あり得ないだろう。
きっと王宮内にあるダンスホールのような大きな部屋を、ずっと解放しているに違いない。そしてそこは、誰もが自由に出入りする事ができ、食事やお酒など楽しむ事ができて、同時に私達のこの対決をいつでも観戦できる。そんな感じで、この対決を中継して娯楽としているのだろう。
だからこそ、こういう全く動きのない面白くともなんともない絵の時は、テントウ虫を離脱させて休ませたりしている。
……っていう事は、今の私の姿は映しだされていない訳か……
本を一旦置いて仰向けに寝転がる。足を開いて大の字。目を閉じて大きく深く深呼吸した。
肺に暑い空気が入ってくるけれど、なんかこのヘーデル荒野と一体になっている感じがして、とても落ち着けた。ああ……なんかちょっとこのまま眠れちゃうかも……
唐突な眠気に襲われる。
だけど、駄目駄目! 誰か他にここにいればいいけれど、このキャンプには今私しかいない。そんな状態で、こんな水着姿の格好で眠っていたら……起きたら、骨だけになっているかもしれない。
だってこの荒野はラプトルのような危険な魔物もいる訳だし、きっとウルフとか他にも肉食の襲ってくる危険な魔物はいるはず。
しかもトリスタン・ストラムのいう試練は、まだ始まったばかりっていうのに、その勝敗を決する私達の大事な旗を、全くの未警戒で放置するっていうのもありえない。
「そうよ、このまま眠ってしまったら、凄く気持ちよさそうだけど……我慢我慢! どうしてもっていうのなら、皆が帰ってきてから泉で身体を綺麗にして、その後ちょっと寝させてもらえればいい。うん、それ凄いいいかも」
目を開くとまたうつ伏せになって、続きを読もうと本に手を伸ばした。すると顔を向けた少し先。そこになんとスナネコがいて、私をじっと見ていた。
「え⁉ スナネコがこっちを見ている!! 嘘、いつからだろう」
小さな身体に丸い目。可愛い耳。洞穴の泉を見つける前に、ルキアと見つけて追いかけたあの子かな? でもあの子だと思う。
じいーーーー……
「か、かわええ……」
いかんいかん! スナネコの可愛い姿に、思わずメロメロになってしまって、だらしなくなってしまった顔を正す。
私はゆっくりと息を吐き出すと、本を置いておもむろに立ち上がった。一瞬、スナネコが私の動きに反応したように見えた。
あちゃー、これは警戒しちゃっているかな。さっき、ルキアと追いかけたから、ちょっと怖がらせちゃったかもしれない。こういう時、逆にスナネコの事を極力意識しないようにすれば、無用な警戒も解けるかもしれない。
あなたがそこにいる事は気づいているけれど、私は特に何も気にもしていないからねーって。あはは……
まるでそんな事を言っているかのように、全身を使ってスナネコに行動でアピールして見せる。見せながらも立ち上がって自分のテントに行き、傍に置いてあるザックの中から干し肉を取り出した。
そう、わざとスナネコに見える角度で取り出す。するとスナネコは、大きな目を更に見開いて一瞬、首をこっちへ伸ばしたように見えた。
フフフ、見てる見てる。しかもこれが食べ物だって解ったみたい。
それでも私はスナネコに対して、もうあなたになんて興味はないんだからねーっと言った感じで素っ気ない態度をとる。だけど、スナネコにはバッチリと見えるように干し肉の端を加えた。噛む。引きちぎって、味を楽しんでいるように表情を作ってまた噛むと、スナネコはついに私の方へと身を乗り出してきた。
続けて干し肉を食べ続ける。するといつしかスナネコは、私のすぐ近くまでやってきてしまっていた。フフフ、やっぱりつられてきたな。よーし、もう少しね。
私から一定の距離を保ち、落ち着きなくうろうろとしつつも、じっと干し肉を見つめるスナネコ。よし、勝負をするならここかな。私はスナネコからプイっと顔を背けると、手に持っていた干し肉を全部食べてしまった。
ギャウウ!!
明らかに怒って飛び跳ねるスナネコ。フフフ、怒っても可愛い。私はここで、初めて視線をスナネコに向けた。
「なに、さっきから? もしかして、あなたも干し肉が欲しいの?」
ギャウウウ! ギャウウウウ!!
私の目の前を落ち着きなく行ったり来たり、飛び跳ねたりもしている。気づけばその距離も僅か30センチセンチ程になっていて、手を伸ばせば触れる事ができる位に迫っていた。だけどまだ触れない。私はザックに手を伸ばして、新たな干し肉を取り出すとそれをスナネコに見せた。
ギャウウウウウ!!
「これが、欲しいのね?」
ギャウ! ギャウ!
「フフフ、あげてもいいけど、ただではあげられない。だから、取引しましょ」
ギュウーー!
カルビのように言葉が通じているかは解らない。ううん、きっと通じてはいない。だけどだからと言って、諦めてしまうのは、あまりにも早計だと思った。気持ちは通じるはず。
「じゃあ、あなたに干し肉をあげましょう。その代わり、私と仲良くしてください。いい?」
スナネコの目を見つめ、そう言って干し肉を差し出す。するともう我慢の限界だったのか、スナネコは干し肉を持っている方の私の腕に跳びついた。干し肉に齧りついて、奪い取る。そのまま私の周囲を駆けると、そのままそこで食べ始めた。
「どう、美味しいでしょう?」
ギャウウーー!
ドカッ!
「きゃっ! あいたっ!」
美味しそうに干し肉を貪るスナネコの姿に癒されて微笑みかけると、スナネコは干し肉を加えたまま私に突進してきた。しゃがみ込んだ体勢になっていた私は、倒されて尻もちをつく。するとスナネコは私の方に駆けてきて、股の間から入り込んでお腹の上に這いあがってくるとそこで干し肉を食べ始めた。
「おっ! 私との取引、どうやらオッケーしてくれたんだね。良かったー」
ギャウ!
フフフフ。私は満面の笑みで、スナネコの頭を優しく撫でた。
なんだかなー、なんとなくこのスナネコ、ルシエルみたい。そう思うと、笑いが込み上げてきた。




