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第1146話 『食べられるかどうか その2』



 肉を焼き始めてしまったと思った。


 まずは、アレだ。焚火を始める前に、もうちょい場所を考えてやれば良かったと思った。アテナなら、きっとサイトだとかなんだとか言って、ちゃんと場所を見てやる。


 でもオレは、肉を焼くだけだし……とりあえず何処でもいいやって事で、荒野のど真ん中でおっ始めてしまった。するとどうだ? ひゃーー、ここは暑い。ゾーイの奴は、既に大きな岩の陰に避難している。オレもノエルも、急いで同じ場所へと逃げ込んだ。


 そう、考えなしに焚火を始めた場所に日陰はなく……結果、炎天下の中での過酷な焚火をしているという状態に陥ってしまっていた。



「ひえええ、暑い!! 暑すぎんぞー!!」


「おい、ルシエル。肉は、いいのかよ。誰かがそばで焼き具合を見てないと、焦げちまうだろ」



 ノエルは、そう言って岩陰に入り込んでいたオレの身体を、陽の当たる場所へと押し出してくる。もちろん抵抗する。



「暑い!! こ、こりゃ、押すなよ! 押すなって! 絶対に押すなって!!」


「ははは、それはアレだ。フリってやつだろ。だからつまり、押せって事だな」


「おま……押すなって!! そうじゃねーって!! こらこら、マジで押すなって!!」


「遠慮するなって。ほら、肉の焼き加減を見てこいよ!!」


「おい、こら、やめろ、押すな!! ちょ待てよ! ちょ待てよーー! ぎょえ、あっつい!!」


「はははは」



 このやろーー!! いっつも、なにが気に入らないのか不機嫌な顔をしているノエルだが、今はなんて楽しそうな顔をしてやがるんだ。こんな幸せそうな顔のノエルを見るなんて、初めてじゃないのか!!


 って暑い!!



「やめちくれー!! ほんと、押すなって!」


「え? 止めるのか? でも肉の焼き具合を誰かが見てこないとな」


「わーーったわーーった!! 見てくるから、見てくるから押すなーー!!」


「そうか。いいだろう」


「まったくもー。酷いや、ミニジャイアンは」


「誰がミニジャイアンだ」



 オレにだけ、すげー頻繁に見せるノエルのサディスティックな表情。オレとノエルの壮絶なこのやり取りを、死んだ魚のような目で見ているゾーイ。そんな容赦のない2人の視線を背に浴びながらも、オレは更に真上からも強烈な太陽の光を浴びる。あっちーー!!



「おのれー、ノエルにゾーイめ!! いつからオレが、肉焼きがかりになったんだ。そういや、いつもは肉焼きがかりはノエルだったんじゃねーのか!! なのに、なぜオレが肉を焼く係りになっちまってんだよ!! フッキーー!! 奴ら、オレが苦しんでるのを見て、明らかに喜んでやがる! フッキー、フッキー!! ちきしょー、めちゃ許せんぜ!」



 怒ると余計に暑くなる。もはや、どう転んでも暑い。暑くて熱くておかしくなる。


 オレは焚火の前まで行くと、メラメラと揺れ動く火の近くに突き刺している、肉串を手に取ってみた。そのまま顔に近づけて、まじまじと見つめる。


 しまったーー。もう一つ、しまったと思った事があった。それは何かと聞かれれば、一つしかない。そうだ、ここには調味料がないという事だった。いつもは、アテナが持ち歩いているからなー。それかもしくは、ルキア。ルキアのザックにも、いくらか調味料が入っていたはず。


 うーーん、味付けができーん! せめて塩でもありゃー良かったんだけど……ええい! いくら悩んでも、今更ないものはない! よってこのまま喰うしかない。



「おーい、ルシエル! どうだーー? いい感じかーー?」



 少し離れた場所。涼しそうな岩陰からこちらに向かって、ノエルが叫んだ。



「ああ、いい感じだな。火は完全に通っていると思うし、美味そうに見える。だからちょっと齧って味見してみるかな」



 そう返事するとオレは、ラプトルの肉にガブリと齧りついた。ムッグムッグ……おうん! ほう、これはなかなか弾力のある肉だ。


 食べやすくカットはしているけど、一口サイズではなかった。だから齧りついて、そのまま引きちぎって食べた。しっかり噛んで、呑み込む。こ、こりは……



「どうだ? 美味いか?」


「美味いぞーー!! めっちゃ美味い!! これでせめて塩でもあればいいけどな、でもそのまま味付け無しで食っても、なかなか美味いぞ!!」


 ビューーーン!!



 感想を述べた瞬間、岩陰からノエルとゾーイが飛び出してくる。そしてオレが丹精込めて焼き上げた肉に飛びついた。そしてモッチャモッチャと食べ始める。



「こら!! それは、オレの育てた肉だぞ!!」


「ムッグムッグ……ああ、なかなかいける。これはいけるなー」


「こらーー!! きさんら、オレが育てあげた肉を断りもせずに食うとは何事だああ!! 許さん、許さんぞーー!!」


「ほう、肉食獣の肉はあまり美味いという話を聞かんが、これはいける。もしかしたら、ルシエルの肉の焼き方が上手いからかもしれないな」


「え? そう? そうかなー、なははは」



 プンプンに怒っていたはずなのに、ゾーイに褒められてすっかり気分を良くしてしまったオレは、取り置きしている肉に目をやった。



「さて、それじゃ肉も食べられるって解った訳だし、味もいいって解った。キャンプに戻ろうぜ」


「そうだな。この暑さだし、あまり放置していたら、折角の美味い肉もやられて駄目になってしまうだろうな。それならさっさと戻って料理するなり保存食にしてしまうなり、した方がいい」



 ノエルはそう言いながら、キャンプに持ち帰る為に既に、何枚かの麻袋に入れ分けたラプトルの肉を覗き見た。



「いい肉だ。もう既に食って美味いって解っているから言えることなのかもしれないが、この肉を無駄にはしたくない。心配しなくても、この肉の詰めた麻袋の口にロープをかけてくれれば、あたしが引っ張っていく。幸い、この荒野は平地が続いているし、このあたしは大の力自慢だからな」



 ノエルは、オレとゾーイに向かって力こぶを作ってみせると、ニカリと笑ってみせた。


 今日のノエルはやけに笑う……というか、えらい上機嫌だなーって思っていると、唐突に真上から何かの鳴き声がした。



 ギャアアウウウウ!!


「ええ!?」



 空を見上げる。バカでかい鳥の魔物が目に入る。あいつは、ガルーダだ。オレは、相棒に向かって叫んだ。



「ガルーダだ!! ノエル、お前に向かってきているぞ!! 気をつけろ!!」


「は? ガルーダ?」



 ノエルが振り向いた時、ガルーダはノエルの持っていた肉の詰まった麻袋を掴んでいた。同時にもう片方の足で、ノエルの腕も掴んでいる。狙いは肉と、ノエルか!? な、なんて欲張りな野郎だ!!



 グアアアウウウウウ!!


「ノエルーーー!!」


「うわああああ、な、なんだこのデカい鳥はあああ!!」



 慌てて弓矢に手を伸ばして構えるが、ガルーダは肉の詰まった麻袋とノエルを掴んだまま、大空へ急上昇した。やばい、このままじゃノエルがガルーダに連れ去られちまう。そう思った瞬間、後方から鎖の音がした。


 ゾーイが放った鎖鉄球。それが飛び立つガルーダ目がけて飛んでいき、奴の足に巻き付いた。



「やった、でかしたゾーイ!!」


「いや、そうでもないみたいだ!」


「はあ?」


 グエエエエエエ!!



 ガルーダは自分の足に鎖鉄球が巻き付いている事に気づいて、慌てて更に上昇。オレとゾーイからもっと離れようと飛び立った。しかしゾーイは、鎖鉄球の鎖を離さない。だからそのままガルーダに、大空の彼方に連れ去られてしまったノエルとゾーイ。取り残されるオレ。


 へ? 


 ええええええ!!



「ちょい待てちょい待て!! この野郎、このガルーダ!! ノエルとゾーイを何処へ連れて行くつもりだーー!! 待てーー、こんちきっしょーーがああああ!!」



 とてもオレの細い腕では、残りの肉を持って移動はできんぞ。つまり怪力のノエルは、ぜってー取り返さなきゃならん! くっそーー、仕方ねえ!!


 オレは、いくつかあるラプトルの肉の入った麻袋、その中で一番量の少ないのを選んで掴むと、ガルーダが飛び去った方角へと走りだした。そう、1人ではどう足掻いても、とてもこの肉全部なんて持っていけないから。



「ま、待てーーーえ!! この鳥ーー!! ノエルと、ついでにゾーイも返せーーー!! あと肉ーー!!」



 叫びながら、全力疾走。


 だ、駄目だ。暑い……こんな炎天下の荒野で延々と走るなんて、とても無理だ。でも見失ったらえらいことだし、なんとかガルーダに追いついて、奪われた肉と連れ去られたノエルとゾーイ、そして肉を取り戻さねばなるまい!! そうだ、肉だ!!



「肉ーーーー!!!!」



 荒野に響き渡る、オレの叫ぶ声。こうでもしないと、とてもこんな暑い場所で走り続けるなんて無理だった。

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