第1141話 『ルキアとクロエとエスメラルダ』
泉からあがると王妃様は、近くにあった平たい岩の上に水底で獲った貝を置いた。
「どうですか? なかなかの数が、獲れましたよ」
「はい! 王妃様、凄いです!」
「そ、そんなに大きな貝なのですね」
クロエがそういうと、王妃様は彼女の手を握って、自分が獲った貝のある場所まで連れて行き、それを触らせた。
「お、大きいです! こんなに大きな貝なのですね! しかもなんだか滑々してて、気持ちいいです」
クロエの感想を聞いて、表情に少し笑みを浮かべた王妃様は、また彼女の手を引いてその場に座らせる。そしてその隣に自分も座ると、私に向かって片手を伸ばした。
「こちらへいらっしゃい、ルキア」
「は、はい!」
荒野のとある洞穴。そこで私とクロエ、王妃様は服も身に着けず、裸のままで互いに身をより合わせていた。裸なので恥ずかしいという気持ちよりも、それに勝って王妃様と一緒にこんな場所で身をより合わせているっていう事の方が、不思議で驚くべき事だった。
パシャバシャバシャ……
「グーレス!」
ワウ?
「こっちに来て」
1人、まだ泉で犬かきをして泳いでいたカルビ。クロエが名前を呼ぶと、カルビは泉から這い上がり、私達の方へ駆けてきてクロエの傍に来た。
「随分と懐いているのですね、その……」
「グーレスです」
「カルビです」
クロエとほぼ同時に応える。それぞれ異なった名前を言っているのに、王妃様はなんとなく察して頷いてくれた。
「グーレスにカルビ。二つの名があるのですね。そう言えば、アテナも冒険者に身を堕としている時は、姓をフリートと名乗っているようですが」
「はい。クラインベルトと名乗るのは、やっぱり良くないという事で……アテナが師匠と呼んでいる方の姓を拝借して、フリートと名乗っています。なので冒険者ギルドでも既に、アテナ・フリートの名で再登録をしているんですよ」
「そうなのですか。冒険者とは、極めて汚らわしい輩ですが、伝説級冒険者であるヘリオス・フリートならばわたくしも名を知っていますし、別格です。その者から名をとったというのであれば、別に問題はないでしょう」
王妃様は、そう言って私とクロエの肩に手を回して自分の方へと引き寄せた。とても白くて綺麗な肌。暖かいぬくもり。
「あの……王妃様」
「なんです?」
「キャンプに戻らないのですか? 貝も沢山獲れたし、そろそろアテナの所へ戻りませんか?」
「心配なのですか、あの子が?」
私もクロエも大きく頭を縦に振った。
「もちろんです」
「それは、仲間だからということですか?」
「それもあります。仲間であり、友人であり、私の命の恩人でもあります。あと、冒険者としても戦い方とか、ご飯の作り方とか、キャンプの事とか色々と教えてもらっているし、アテナがヘリオスさんの事を師匠と呼んでいるように、私にとっても師匠で……それで……」
クロエに目を向けると、続きを彼女が言った。
「ルキアもわたしも、アテナさんのこと……本当のお姉さんだと思っています。アテナさんも、わたしやルキアの事を、ルーニ様やエドモンテ様を弟と思っているように……同じように、妹だと思ってくれているって。わたしは、1人っ子なので、アテナさんがわたしのお姉さんになってくれて、とても嬉しくて」
ルーニやエドモンテ様の名前が出た。王妃様の血を分けた子供。だから、怒ってしまうかもしれないと、はっとして王妃様の顔を見た。すると彼女は、特に怒っている様子もなく、クロエの話を静かに聞いているだけだった。だけど、少し間を置いてから私達が驚く事を王妃様は言った。
「そうですか、あの子がそんな事をね……それでは、クロエとルキア。あなた方は、必然的にこのわたくしの娘という事になりますね」
『え!?』
「知っての通り、わたくしとアテナは、血のつながりはありません。ですが、わたくしはアテナの父親であるセシル王と、正式に式をあげて夫婦となっています。ですからアテナにとってあなた方が妹というのであれば、わたくしにとっても娘という事になりますね」
あまりの事に、理解が追い付かない。だけどこれは、大変なことを言っていると思った。
「そ、そんな王妃様!! それは……」
「わたくしがあなたがたの母というのは、嫌ですか?」
「い、嫌だんて、滅相もないです!! とてもそんな……あまりにももったいないお言葉なので……お、恐れ多いというか、その……」
「何を言っているのですか、ルキア。そもそもあなた方が姉だといっているアテナは、一国の王女なのですよ」
そう言われてみれば、確かにそうだった。
「あなた方に、実の母がいる事は当然解っています。ですが、別にもう一人いてもそれはそれで、良いのではないですか?」
言葉に詰まっちゃったけど、私もクロエも王妃様のその言葉に、嬉しくて……とても嬉しくて、涙が出そうになった。王妃様でなかったとしても、こんな事を言ってくれる人が実の親以外にいるなんて……それだけでも心が暖かくなる。
「もしもアテナがこの対決に勝って、カミュウ王子と結婚をした場合、アテナは冒険者を辞めてこの国に留まらなくてはなりません」
え? 唐突な、アテナの話になりクロエと共に一瞬固まる。
「で、でも、アテナはこの縁談を進めるつもりはないって……この対決については、勝つと言っていましたけど、その後は縁談をなかった事にするつもりだって……」
「そうです。王妃様も、アテナさんとそういうお話をされていたはずでは……」
「わたくしは、もしもと言いました。ですからこれは、もしもの話です。もしもの話をわたくしは、あなた方にしているのですよ」
…………え?
私もクロエも、言葉につまってしまった。
王妃様は、縁談相手であったパスキア王国の態度に凄く怒ってしまっていた。だからアテナが望んいるように、この縁談をなかった事にするつもりだと思っていた。だからこそ、この発言にドキリとする。
「もしもの話です。もしもアテナがカミュウ王子と結ばれるような事があった場合、ルキア、クロエ。あなた方は、わたくしのもとに来なさい。クロエの目の治療も含めて、わたくしがこの先、あなた方の面倒をみてあげましょう」
なぜだかは解らないけれど、王妃様は私とクロエの事を、本当にとても気に入ってくれている。それはとても嬉しいし、一国の王妃様にそんな事を言われるなんて、普通ではありえない話だった。
だけど、私達は「ありがとうございます」という言葉さえ返す事ができなかった。
私達は、アテナと共にこれからも色々な場所を巡って冒険を続けたいからだった。




