第1140話 『洞穴の底で見つけたもの』
ブクブクブクブク……
息が続かない。私と王妃様は、一度水面にあがった。
「ぷはっ」
クロエとカルビが、こちらに近づいてくる。
「どうだった、ルキア?」
「うーん、大きな白い貝が底の方にいたよ」
「貝!? こ、こんな場所に、貝なんているの?」
こんな洞穴にある泉の底に、貝が生息している事に驚くクロエ。王妃様は、そんなクロエの様子を見てクスリと笑う。
「大きな貝だから、食用になるのではと考えたのです」
「しょ、食用って……それは、食べられる貝なのですか?」
「わたくしは、王妃なのですよ。生物学者でも漁師でも料理人でもありません。だから、知りませんよ」
王妃様の言葉を聞いて、一瞬キョトンとする私とクロエ。そして王妃様の言った言葉が急に面白くなってしまって、2人で笑ってしまった。でも直ぐに王妃様が、普段は冗談など口には出さない真面目な方だったと思い出す。だから私達の反応を見て、気分を悪くされるかもしれない。はっとして恐る恐る彼女の表情を覗き見た。
すると王妃様は、私達の反応を見ても怒っていなかった。それどころか、少し口元が笑っている。
「あの貝が食べれるかどうか、それはとりあえず獲ってみてから考えましょう。ひょっとすれば、アテナに見せれば貝が食べられるか解るかもしれません。あの子は、そういう事には詳しいようですから」
「そ、そうですね。それじゃ、どうしましょうか、王妃様」
「ルキア、あなたは短剣を持っていましたね。あれを使いなさい。わたくしも護身用のものがありますので、それを使います。あまり刃物などは使い慣れていませんが、岩に張り付いた貝を剥がすくらいの事ならできるでしょう」
「はい、解りました」
泉から這い上がると、王妃様の脱いだ服のある場所へ駆けて行き、そこに一緒に置いてあった短剣を手に取った。短剣の柄は、金や宝石が施されていて一瞬目を奪われた。とても綺麗だったから。
それを手に取り、護身用に持っている破邪の短剣を見つめ、問題がない事を確認すると再び泉に入る。
「王妃様、短剣です」
「ありがとう、ルキア。あなたも持っていますね?」
破邪の短剣を、王妃様に見せる。
「これは……なかなかいい代物ですね。何処かのダンジョンで宝として見つけたものですか?」
「いえ。これは、エスカルテの街のギルドマスター……バーン・グラッドさんに頂いたものです」
「バーン・グラッド……その名前は聞いた事があります。たいそう腕が立つギルドマスターだとか。その者から、もらったものなのですね」
「はい。私の宝物で、これは破邪の短剣というもので、アンデッド系の魔物に対しても凄い効果を発揮するんですよ」
「貴重なものなのですね」
「はい」
王妃様は、私が手に持っている破邪の短剣をまじまじと見ると、再び水面へと視線を移した。
「それじゃ、もう一度水底に潜りましょう」
「はい」
「ルキア、いいですか。無理はしないように。もしも息が苦しくなったりしたら、無理せず浮上して呼吸しに戻ることです。それと、クロエはわたくし達が戻るまでここにいなさい」
『はいっ!』
私とクロエは、揃って王妃様に返事をした。すると王妃様は、大きく息を吸い込むと泉に潜る。私も遅れないように、続いて潜った。
泉の底へ向かう。水の中。
水底に向かって泳いでいる間、王妃様の事を不思議に思った。
ヘーデル荒野へ来るまでは、歩くだけでも辛そうで、体力はまったく無いという感じだった。それにアテナみたいに、武術ができるようにも見えない。そもそも王妃様が武術を身に着けている事自体が珍しい事なのかもしれないけれど、なんといってもアテナのお母さんだから、そういう事ができても不思議ではないと思った。
だけど実際は、ぜんぜんそういうのはなくて体力もない。だから他の運動能力も、同じような感じで凄く苦手だと思っていた。でも、泳ぎはとても上手だった。
私はアテナと出会う前は、カルミア村に住んでいた。それで幼い頃から妹のリアと、よく近くの川に出かけて行っては水浴びをした。だから泳ぐ事もできる。だけど王妃様は、何処で泳ぎを覚えたのだろうか。王妃様の泳ぎは、泳ぎが得意なもののそれだけに不思議に思った。
王妃様が先に水底に到達すると、私も慌てて追いついた。さっきの大きな白い石が沢山ある場所。周囲には、何やら見た事のない小さな白い魚。それとさっきの貝が、いくつも目に入った。
私は早速王妃様と一緒に、貝が張り付いている岩へと近づいて短剣を手にした。岩にぴったりと張り付いている貝。その間に短剣の刃を入れて、まるで鋸のようにギコギコと差し込んでいく。
やった! これなら、貝が獲れる!
王妃様と顔を合わせると、彼女は大きく頷いた。そして彼女も、キラキラと輝く豪華な短剣を片手に近くの岩へと泳いで近づいて行き、そこにへばりつく貝を獲った。
水の中だから、呼吸ができない。だからずっとここにいると、徐々に苦しくなってくる。だけど同時に、王妃様と2人で行う貝を獲る作業は、時間とか息つぎしなくちゃっていうのを忘れる位にとても楽しかった。
ゴポゴポゴポ……
うう……く、苦しい。そろそろ息を吸いに戻りたい。
そう思って王妃様を見ると、彼女はまだ夢中になって貝を獲っていた。私の息がまだ我慢できたなら、もう少しここにいるんだけど……
あからさまに、苦しくなって辛そうな顔になった私に気づく王妃様。すると彼女は、まるで人魚のようにスウーっと軽やかに泳いで近くに来る。両手には、大きな白い貝を沢山、抱えていた。
そして私に、上にあがろうというジェスチャーをしたので、私は頷いてクロエとカルビの待つ場所へと浮上する事にした。
王妃様は私が上に行くと、それを少し見送ってから後に続いて浮上してきた。




