第1137話 『涼しい場所へ その3』
王妃様は、洞穴にある泉の前に立つと私の方を振り返り言った。
「ルキア。この泉は、見るからに澄んでいて綺麗な水ですね」
「は、はい、王妃様。アテナが、湧き水だって言っていました。だからとても綺麗な水で、飲み水にもできるって……」
「そうですか」
王妃様は、もう一度振り返って泉をじっと見つめると、また私の顔を見た。
「わたくしは、水浴びがしたいです。ですので、これからここで水浴びをしますよ。いいですね」
「は、はい。でもそれなら気をつけてください」
「なぜですか?」
「結構、深さがあるみたいなので」
「わかりました。それでは、ルキア。あなたも服を脱ぎなさい。クロエもですよ」
王妃様は、クロエを気に入っている様子だった。だからここで水浴びをするのであれば、クロエを誘う事はなんとなく解っていた事だけど……まさか、私の事も誘ってくださるなんて驚いてしまった。私は、今はアテナと冒険者をしているけれど、もともとはカルミア村の村人だし……王妃様とはあまりにも身分が違うし、王妃様はそういう事にとても厳しい人のように思えたから……とても意外だった。
全員身に着けているものを脱ぐと、洞穴内にある丁度いい大きさの岩。その上に畳んで置いた。王妃様が下着も脱いで裸になってしまわれたので、私とクロエもそうした。カルビは、もとからそうだけど。フフフ。
念の為、破邪の短剣だけは護身用にもっておく。いくら洞穴の中と言っても、こんな荒野で何も身に着けずに裸でいるのは、落ち着かなかったから。
ジャボンッ
また意外な事に、泉には最初に王妃様が入られた。長い髪をかき上げると、私達に手招きをする。
「さあ、クロエ。それにルキアもこちらへいらっしゃい。泉に入りなさい。とても冷たくて、気持ちがいいですよ」
『は、はい!』
クロエと共に返事をする。そして王妃様のいる泉へと入った。クロエは少し怖がっていたので、私がまず入水した後に手を握ってクロエと共に入った。
荒野で全身に熱を帯びていた。アテナと薪集めなど作業をしている時に、頭を触ると凄く暑くなっていて、少し頭痛のようなものもしていた。暑さによるものだった。
だけど今、泉に入って頭のてっぺんから尻尾の先まで冷却されていくのが解る。ほてっていた身体が冷やされて、心地よい脱力感を与えてくれる。
隣でボチャという音がしたので、目を向けるとカルビも泉に入っていた。必死に犬かきをして、こちらに向かってくる。そうして目の前まで近づいてきたカルビをキャッチすると、クロエに渡した。
ワウー。
「グーレス! グーレスも、泉に入ったのね、フフフ。外はとっても暑かったから、ここはひんやりとして気持ちがいいよね」
ワウ。
王妃様とクロエとカルビと私。暫く泉で漂っていると、急に王妃様が泉で泳ぎ始めた。そして対岸に手をかけると、クロエではなく明らかに私に向かって手招きをした。私は、慌てて王妃様のいる方へ向かって泳いだ。
「クロエ、ちょっとここでカルビといてくれる?」
「え? ルキアは何処かへ行くの?」
「ううん、泉にいるよ。でも王妃様が向こうに泳いで行ったあと、私に何か用事があるみたいで呼んでいるから。だからちょっとそこまで、泳いでくる」
「そう。それならわたしは、グーレスがいるから平気。ね、そうでしょ、グーレス」
ガル。
クロエは泳ぎが得意ではないらしく、岸の近くでカルビと一緒に泉に浸かっていて、片手は岸に伸ばして掴まっていた。もし何かあっても見える距離にはいるし、カルビもいるから安全だと思った。
王妃様のもとへ泳いでいくと、王妃様は岸を背にして漂っている。そして向かい合っている私に、隣にくるように示したので、そこへ移動した。
「ど、どうかされましたか? 王妃様」
「ええ。ルキア、あなたに色々と尋ねたい事があるのです」
「え?」
「ここはとても暑い荒野ですし、まだ陽が落ちるまで時間もあります。ですから暫くは、ここで水浴びをしているのも悪くはないので、そうしようと思いました」
「はい。アテナもそのつもりだと思います」
私達は涼しいこの場所で、水浴びをしている。だけどアテナは、キャンプで1人、きっと汗だくになっている。だから王妃様は、アテナの事を気にかけているのではと思って言った。でも王妃様は、アテナの名前を聞くと顔を一瞬背けた。
「あ、あの……」
「ルキアといいましたね」
「は、はい。そうです」
「ファミリーネームは、あるのですか?」
「は、はい。ルキア・オールヴィーと申します」
「そうですか。ルキア・オールヴィー……オールヴィー……聞いた事がありませんね。あなたは、何処の生まれなのですか? クラインベルト王国の民なのですか?」
「え? あ、はい! 私はカルミア村の出身です」
「カルミア村……ああ、あの獣人が寄り集まって暮らしている、みすぼらしい小さな村ですね」
「ち、小さい村ですけど、み、みすぼらしくはないと思います」
「みすぼらしくは、ない? あなたは、そういうのですか? わたくしはクラインベルト王国の王妃ですよ。そのわたしくしが言っている事に対して、あなた如きの身分のものが意を唱えるというのですか?」
急に呼ばれたと思ったら、怒涛のような質問。そして怒り始めてしまった。
どうしよう……私は、王妃様が怒り出してしまった事に一瞬戸惑ってしまった。でもすぐに、この人はアテナのお母さんなんだと思い出した。
そう、お母さん。血のつながりはないってアテナから聞いている。だけど今のアテナのお母さんである事には違いはないと思うと、私は不思議と冷静さを取り戻せた。




