第1125話 『物言い』
腕時計の針は、既に8時を大きく回っている。気づけばモラッタさん達との対決が、始まってしまった。
まずは、明後日までこのヘーデル荒野にてキャンプを続けなければならない。3日後がくれば、その日の朝8時より、双方旗の奪い合いを始めてよいとのこと。
因みに旗の奪い合いとは、相手の旗を完全に破壊するという意味でもある。もっと具体的な言い方をすれば、相手の旗を破くなり、燃やすなりすれば、それをした方の勝利となるのだ。
「それでは、双方とも既に旗を見つけ、そこでキャンプ設営を終えているので、滞りなく対決を進めて頂きたい」
いざ、対決。中継映像が途切れる前に、私は挙手してトリスタン・ストラム卿に質問を投げかけた。
「ちょっといいですか、トリスタン・ストラム卿」
「もちろんですとも! どうぞ」
「この中継は、ずっとそっちとつながっている感じですか?」
「そちら側は、中継を一旦切らせて頂く事になりますが、アテナ王女達の対決映像は常時こちらに映し出される事になりますな」
「おいおいおい! そんなの冗談じゃね……」
「冗談じゃありませんよ、プライバシーの侵害です!!」
ルシエルの言葉を遮って、エスメラルダ王妃が怒鳴った。トリスタン・ストラム卿も、ルシエルやエスメラルダ王妃の怒りを察してはいるものの、私達の対決を観戦して楽しみたいというフィリップ王やメアリー王妃などの圧力に押されている。
「冗談では、ないですか……確かに常時と言えばいささか……」
「パスキア王国の最強騎士とも言われたあなた程の者が、この程度の事も解らないのですか! 対決を中継すると言って、あの汚らわしい虫をブンブン飛ばして喜んでいるのでしょうが、それではこちらの様子をずっと見られています。とても気が休まりませんわ!」
「いや、確かにそれは……」
道理だった。トリスタン・ストラムは、道義を重んじ、情に厚い。エスメラルダ王妃に対し、それでも仕方がないと押し通す事もできず、だからと言って自分の君主にも背けない立場であり困った顔を見せる。
私もこれから対決が終わるまで、ずっと監視をされたくない。トイレだって行くし、身体を拭いたりだってするし。寝ている所を入ってこられるのも困る。
フィリップ王が言った。
「ふむ。でものう、この対決の行く末がどうなるか、ここにいる大勢の者が楽しみにしておることも解って欲しいのじゃが」
このフィリップ王のうっかりした発言が、またエスメラルダ王妃に火を点ける。
「楽しみ? 楽しみとは、いったいなんなのですか? わたくし達を馬鹿にするのもたいがいになさい! フィリップ王やメアリーは兎も角、他の王でも王妃でもない者が、このわたくし、クラインベルト王国の王妃と王女を見世物にして楽しもうというのですか!!」
「いや、その、今のはつい言葉のあやというか、なんというか」
「わたくし達は、この国にやってきている身分です。だから多少の事にも我慢をしておりましたが、これ以上の無礼は許しませんよ!!」
「ま、待て! 待ってくれ。余は決して、そなたたちを笑いものにしようとかそういう気持ちは……」
ドス黒いものはなくても、娯楽感覚でいるのは確かだし、そんな考えがなくても結果としてクラインベルト王家を馬鹿にしている。それは私にもそう思えた。
トリスタン・ストラムは、何も言えなくなり更に困った顔でフィリップ王と凄い剣幕になったエスメラルダ王妃に挟まれている。つらい立場。ここであの男が、間に入って来た。
「このままお2人が争っておられても、いっこうに先へ進みませぬゆえ、下座より申し上げさせて頂きますぞ」
「ふむ、では申せ、ガスプーチン」
「恐れながら、この対決……実際にアテナ王女とモラッタ嬢達が旗を取り合うのは、三日目からになります。それまでの今日を含む二日間は、ストラム卿が申されました通り試練の期間になります。この国の極めて苛酷な地、ヘーデル荒野にてその間、無事に生き続ける事ができるかどうか。試されるのです!!」
「それがどうしたというのです! 先ほど、トリスタンからその話は聞きましたよ」
「だからこそなのですぞ!! だからこそなのです! 拙僧は心配で心配でこの対決方法をトリスタン殿から聞かされても、夜も眠れぬ始末。このヘーデル荒野が危険な地である事は、パスキア国民なら誰もが知っておりますが、万が一!! 万が一、この対決で誰かが命を失うようなことになれば、拙僧はもはやどうしていいのか解りませぬ。きっと底知れぬ悲しみと、果てのない後悔だけが残るに違いないでしょう。ですから、プライバシーの侵害というのは重々に承知しておりますが、ここは双方の安全の為にも必要な事なのですぞ!!」
「それなら心配いりません。わたくし達は、平気です。それでもしも何か事故がおこり、命を失うような事があっても、とやかく言いません!」
「ですが、そういう問題なのではありません! エスメラルダ王妃も、アテナ王女もクラインベルト王国の大事な大事な宝ではありませんか!! 決して失われては、ならぬ存在なのです! ですので……」
「いりません! わたくしは、認めませんよ」
エスメラルダ王妃の怒りは、止まらないし正論だとも思う。でもやっぱりこのままこうもしれいられないので、私は言った。
「それじゃ、このまま言い争っていても対決が始らないのは困るから、落としどころを探しましょう。とりあえず、私達が用を足している所や着替え、水浴びとか寝ている時は撮影など一切の禁止。あと夜も駄目だからね。それでよろしくお願いします。いいわよね、モラッタさん、デカテリーヌさん、デリザさん!! あなた達もレディーなら、同じ気持ちよね」
対決相手の3人の名前を叫ぶと、硝子板の映像がフィリップ王やガスプーチンのいる王宮から私達のいるこことは別の場所、ヘーデル荒野へと映り替わった。そこには、名を呼んだ3人がいて、私の提案に深く頷いてくれていた。
勝負をする者達、双方が頷いて了解しているのだからこれ以上は、ガスプーチンも言えないし、フィリップ王も認めざるを得ない。それを見てトリスタン・ストラムは、ここだとばかりに声をあげた。
「双方意見の一致により、先ほどのエスメラルダ王妃の抗議を考慮し、アテナ王女の提案を受け入れ対決を始める!!」
色々な意味で、この対決を楽しみにしていた王宮にいる者達は、一部映像のカットと夜などは中継されないと知って肩を落とす。
だけどモラッタさん達は私達と同じく、納得をしてくれていた。そうだよね。モラッタさん達も、うら若き乙女だもんね。こんな覗き見みたいなのは、断じて許されません。




