第1123話 『いよいよ始まるキャンプ対決 その1』
空。荒野の遥か向こうから、こちらに向かって飛行してくる何か。人の頭よりももう少し大きいサイズで、赤く丸みがある物体。まだ遠くにいるので、はっきりとは解らないけれど、その赤の中に黒い斑点があるようなシルエットは見覚えが……
エスメラルダ王妃はそれがなんなのか、気づいているっぽいけど、私達はまだ何かはハッキリと解っていなかった。だけどそれが私達の直ぐ上空までやってきた時に、全員が理解した。
ルシエルが声をあげる。
「おい、あれ! めっさデカい、テントウ虫だぞ!」
「あんなでかい、テントウ虫がいてたまるか。それにあたしが知っているテントウ虫とは若干、フォルムが異なるような気もするぞ」
ノエルの言った事に一理ある。テントウ虫には見えるけど、確かに形状が通常のものと比べると違う。それに昆虫だから、首って言っていいのか解らないけれど、丁度その辺りに何かをぶら下げているものや、6本の足で硝子板のようなものを持っている子もいる。そう、私達の上空には1匹だけじゃなく、数匹のそのテントウ虫が浮遊していた。
ルシエルが、テントウ虫を指さした。
「なんだ、あいつらいったい。あの何か黒い箱のようなものを、身体にぶらさげている奴もいるし、硝子板のようなものを持っている奴もいるけど、あれ完全に人工物だろ?」
あれ? 硝子板……思い出すのは、以前これによく似たものを見たような気もするけれど……
ルキアに目をやると、彼女はシュパシュパっと自分のザックから例の本を取り出して、今私達の頭の遥か上にいるアレを調べていた。
「あった! ありましたよ、アテナ! これです!」
ルキアは、手に取っていた本のあるページを開くと私に見せた。確かにあのテントウ虫が載っている。
「あっ、本当だ、載っている! ハイレディーバグっていう昆虫系の魔物ね」
「はい。狂暴性は無く、とても頭のいい魔物みたいで、訓練次第で人間の為に働かせる事もできるみたいですね。ノクタームエルドでも荷運び蜘蛛っていましたけど、同じような魔物かもしれないです」
「なるほどね。じゃあ、あれは――」
ハイレディーバグ、数匹いるその中で硝子板のようなものを持っている子が近づいてきた。そして次の瞬間、その硝子板が光を放ち始め、やがてそこに何人もの人間が映し出された。
知っている顔。この国の王、フィリップ国王やメアリー王妃、王子達や王女にパスキアの重臣達。最後にこっちに向かって大きく手を振るイーリス王女の姿が映し出された。
「アテナお姉様―――!! クロエーーー!! イーリスですわよーー!!」
「イーリス!!」
ツッコミどころは満載なんだけど、思わずイーリスに向かって笑顔で大きく手を振ってしまう私達。
クロエの方へ行き、何がどうなっているのか状況を説明すると、クロエも嬉しそうに笑顔で大きく手を振ってみせた。クロエは両目が見えないけれど、イーリスが見ている事を解っている。
「アテナさん」
クロエが私の服を軽く引っ張った。
「ん? なに」
「マリンさんは、いますか?」
「あっ、マリン!」
そう言えばそうだった。完全に忘れていた……なんて、言ったら駄目だよね。あはははは。
マリンは、何か用事があるみたいで王宮に残ったんだった。それでも協力が必要になったら助けてくれるって言っていたけれど。
「マリンさんは、いますか?」
「えーーーっと、ちょっと待って……あっ! いた!!」
「マリンさんもいるんですね」
「うん、いたね。イーリスの更に後ろの方……の更に後ろの方にいるね。あの水色のローブと三角帽子、間違いなくマリンだと思うけど」
「そうですか。わたし達を見てくれていますか」
とても嬉しそうに微笑むクロエ。
パスキア王国について用事が済んだら、また旅立つと言っていたマリン。そして今も旅を続けている、セシリアやテトラに会いに行くとも言っていた。だけどマリンは、セシリアやテトラだけじゃなく、私達にとってもかけがえのない仲間になった。そう、それはクロエにとっても同じ。
「あー、あー。マイクテス! マイクテス!」
ギョッとする私達。突然の声に振り向くと、ハイレディーバグの持つ硝子板に大きくフィリップ王が映し出されていた。
「えーー、それではこれより、アテナ王女対モラッタ、デカテリーナ、デリザの対決を始める。もう察していると思うが……これより、ヘーデル荒野で行われる対決は、このハイレディーバグというテントウ虫の魔物を使用して、王宮との映像を中継する事になっておる。そうでなくては、余や他の者はこの対決を見届ける事ができぬからな」
テントウ虫の形状をした昆虫系の魔物。あの硝子板は、こことフィリップ王がいる王宮内とを繋いで板に映し出す魔導装置。もしくは、魔道具ともいうけれど……私達はアレと同じものをガンロック王国のカッサスの街で見ている。
ルシエルやヘルツ、ジェニファーやチギーと一緒に参加したクルックピーレース。その時、大勢の人が私達のレースを観戦し、あの魔法の硝子板に映し出される映像を見ていた。
そしていくつかの、黒い箱をぶら下げているハイレディーバグ。あの箱からフィリップ王やイーリスの声が聞こえてきたところから、あれはこちらの音と向こうの音を互いに発したり拾う装置。つまり遠く離れていても会話ができる。
「それでは、時刻はもう8時を回ったので、これよりトリスタンにこの対決に関するルールを発表してもらう。トリスタンよ、頼む」
「御意! それでは、第二戦目を始める前に、この対決に関するルールを発表させて頂きますぞ!!」
硝子板に大きく映し出される、パスキア王国最強と言われる天馬騎士団団長であるトリスタン・ストラム卿の顔。
とても緊迫するする空気が漂っているにもかかわらず、私はトリスタン・ストラム卿の綺麗に剃り上げられたスキンヘッドを見て、パスキアに入国した後に入った絶品料理を出してくれたお店――そこにいた強面だけど、とても優しい店主の事を思い出していた。
うーーん、またあのお店に行って、次は私もサーロインステーキを注文したい。そうそう、それに焼きたてのパン5種盛りとサラダをつけて、堪能するのもいいよね。フフフ。




