第1122話 『間も無く8時だよ! 全員集合!』
皆がいるキャンプへ戻った。
既に皆起床していて、ルシエルとノエルは焚火を熾してその前に座っていた。こんな荒野で燃料になる薪を見つけたんだ! って一瞬驚いたけれど、よく考えたらゾルバが持ってきた物資だと気づいた。
「おー、アテナ。それにルキアも。おはよーさん」
「はい、おはよーさん」
「おはようございます、ルシエル」
ルシエルは上機嫌だった。手には、干し肉。起きて直ぐに自分がお腹が減っている事に気づいた彼女は、エスメラルダ王妃のところから干し肉を拝借してきて、目の前の火で焙って食べている。
焚火を挟んで、ルシエルと向かい合い座っていたノエルが立ち上がり、お尻についた砂を払うと私の方へ近づいてきて言った。
「それでどうだった?」
ルキアと顔を見合わせてウフフと笑う。
「おい、もしかしてもう水がある場所を見つけたのかよ! マジか!」
「そういうのは、対決が始る前に見つけておきたいからね。見つかって良かった。まあ、トリスタン・ストラム卿が、この対決場所やルールを決めて審判を務めているなら、ちゃんとそういう配慮もしてあるって解ってはいたんだけどね。でも、どうにか見つける事ができて良かったわ」
「はい、スナネコも見つける事ができましたしね」
「スナネコ? なんだそりゃ!」
ルキアの発言に飛びつくルシエル。ルシエルもたいがい、動物とか大好きだからね。私もそうだから、人の事は言えないけれど。
「実はアテナとまだ陽が昇る前の早朝に、水場がないかキャンプ周辺を探索してきたんですけど、こういう事があって――――」
ルキアはルシエルとノエルに、今日の朝起きてから何があったのかを話して聞かせた。
水が補充できる水場も見つけた。その方角をルキアが指でさして、細かく位置を伝える。すると、ルシエルは今にもそこへ走っていきそうな位にはしゃいだ。
「うっひょーーー!! 見たい見たい!! そこ行ってみたい!! それに、そのスナネコってのもいるんだろ! 捕まえて色々しよーぜ! よし、決めた、今から行こう」
「こら! 捕まえて色々するって、何をする気なの!」
「1人で勝手に徘徊するな!」
走って行こうとしたルシエルの服を、私とノエルが掴んで止めた。
「ぐえっ!! な、なんで!!」
「賊か、あんたは! スナネコはちっちゃくて、可愛い動物だから虐めちゃ駄目!」
「い、虐める訳ないだろ! ちょっと捕まえて、ちょっと頬ずりしたり、ちょっと抱きしめてみたり、ちょっと口に入れてみたり」
「おい、それ食べる気だろ」
「食べねーよ!! 可愛いと、そうしたいってちょっと思うだろー!! あー、もう食べちゃいたいっつって!」
「思わねーよ!」
ノエルの突っ込みに、猛反発するルシエル。でもまあ、そう言われてみれば少しは私も解るかも。だって、例えばカルビと一緒にいて遊んでいると、ふとカルビの前足に目がいく事があるんだよね。それでその可愛い前足の先っちょをじーーっと見つめていると、ちょっとね……クリームパンみたいだなって……
だからルシエルがスナネコみたいな可愛い子を口に入れたいって気持ちも、少しは解っちゃったりするかなー。あはは、ようは愛でたいって事なんだよね。
「この変態め!」
「変態じゃねーやい!! これはオレのかわゆいちゃんな動物に対しての、最高級の愛情表現だ! そう、言わばおもてなしなんだよ!! お・も・て・な・し!!」
「動物虐待だな」
「違うっつってんだろーーが!!」
うう……ノエルがルシエルを軽蔑の目で見て放つ言葉が、なぜか私の胸にも突き刺さる。動物虐待はもちろんの事、変態って事はないと思うけど……私も同じような事を思ってしまっていたし……
「兎に角だ、兎に角!! ちょっともう陽が昇ってきて、気温があがってきてんだよ。そのルキアの言った場所、洞穴になっていて水が湧き出してんならかなり涼しいだろーよ」
ルキアがにっこりと笑顔を見せる。
「はい、そうですよ。私とアテナはそこにある泉に落ちたんですけど、寒い位でしたから。でもこれからどんどん気温が上がってくるから、そこへ行って水浴びすればとても気持ちいいかも」
「み、水浴びかああ!! いいな、それ採用!! うん、ルキアよ、よくその事に気づいたもんだ。流石は、オレの有能なる名軍師だぞい。採用だ採用。よっしゃ、今から早速そこへ水浴びをしに行こう!」
そう言って、また水場がある方へ向かおうとするルシエル。彼女の服をノエルと揃ってまた掴んで止める。
「あぎゃっ! ってなんだよ! アテナとルキアだってそこ行ったんじゃん! オレもそこに行ってみたいんだよー。スナネコにもあいたいしー」
「スナネコは、逃げちゃったからそこにいるか解らないわよ。それに水の調達もしなきゃだから、どちらにしてもそこへは行く事になるし、もうちょっと待ちなさい」
「えーー、なんでそんな意地悪をするんだアテナはーー」
駄々をこねるルシエル。普段はお調子者でお馬鹿な事ばかりしているけど、こう見えてしっかりと現状を把握していたりするルシエル。あえて、こうやって私を困らせたりしているんだよね。まったく、この子は。
「意地悪じゃないわよ!」
「じゃあ、なんでだよー」
行こうとするルシエルの服を、ノエルと一緒に掴んだまま私は、彼女に腕時計を見せつけた。
「ほら、時間を見て! もう少しで8時になるわ」
「ほんとだ。え? 8時になったら、何かあったっけ?」
ノエルが溜息を吐いた。私はルシエルに向かって、大声で言ってやった。
「こらーー、なんで忘れてんのよ!! あなたは、このヘーデル荒野へ何しに来たのよ!! モラッタさん達とのキャンプ対決、そのスタートが8時でしょ!!」
「あー、あー、そうだったそうだった。てししし、うっかり、うっかり。っていうのは、冗談でさ、実はちゃんと覚えていたんだぜ」
「うっかりって言ったじゃない」
「それは、アレだよアレ。アテナを試してやったんだよ。ちゃんと覚えているかなーって思って」
「ちゃんと覚えているって、何がよー。それ、忘れてたらなんで私ここにいるの? ってなるでしょーが。もう」
ワウーー!!
ルシエルとあれこれやっていると、エスメラルダ王妃の使用しているテントから、カルビが勢いよく飛び出してきた。カルビは、ルキアに飛びつく。そしてテントからは、続いてクロエとエスメラルダ王妃、ゾーイが現れるとエスメラルダ王妃は、いきなり空を指でさして全員に言った。
「さあ、始まりますよ。あれを見なさい!」
エスメラルダ王妃が指した先を、私も含めた全員が見た。視線が集まる。
荒野の向こう、大空を何かが飛行してこちらに向かってくるのが見えた。あれは――




