第1121話 『ヘーデル荒野の朝』
岸まで泳ぐと、泉から上がった。ルキアの手を掴んで引き上げる。
バシャアアッ!
「あははは、すっかりとズブ濡れになっちゃったね」
「でも凄い大冒険でしたね」
「うん、水も大量に手に入ったしね」
「はい」
「因みにここの泉にまた来れば、ここで水浴びする事もできるしね。あそこの岩場から水が湧き出ているから、飲み水はそこから調達すればいいし」
空洞にはちょっとした岩場があって、そこから地下水が湧き出しているみたいで、泉に水が流れ込んでいるようだった。
因みに、泉は結構な大きさがあって、かなり深さもある。足がつかないのはとうぜんとして、底まではもしかしたら10メートル以上はあるかもしれないと思った。
外に出て見ると、眩しい程の光がさしていた。振り返ると、私達がさっきまでいた場所はまるで洞穴のように見える。そして正面は、崖になっていた。
「これは、結構高いかも。ルキア、こっちに来てみて」
「は、はい」
ルキアを呼ぶと、彼女は恐る恐る崖の下を覗き見た。一面、荒野が広がっていて下まではかなりの高さがある。でもルキアは、その高さに怖がってはいるものの、本心では平気な感じがした。
なぜそう思ったのか。以前、ガンロック王国を旅した時に、私達は巨大な鳥の魔物、ロック鳥の背に乗って大空を飛んで次なる目的地に向かった。その時に、ルキアは意外と平気だったから。ルシエルもそうだけど、高い場所は2人とも平気みたい。
「凄い高い場所ですね。あっ、でもここからどうやってキャンプまで戻りますか?」
「そうねー」
ノクタームエルドの入口でもあるロッキーズポイント。そこで再会した行商人のモルト・クオーン。彼から購入したお気に入りの腕時計。それを見ると、針は間もなく7時を指そうとしていた。
「今、何時なんですか?」
「もう7時になるね。随分と、スナネコと追いかけっこしちゃったね」
「はい。早く戻らないと、8時になったらモラッタさん達との対決が、いよいよ始まりますよね」
「うん、だからそろそろ戻っておかないとね。でもトリスタン・ストラム卿は、実際にモラッタさんとの旗の奪い合いを始めるのは、3日目からって言っていた」
「3日目から……ですか」
「その前には、私とモラッタさん達の両者に試練を与えるとも」
「試練っていうのが気になりますね。なんでしょうね」
「だから急いでキャンプに戻ろう。ねえ、あそこ。ここからそっちへ歩いて行って、あそこから上がって行けば向こうにあがれるよ」
キャンプのある位置は、不明。地面が崩れてその中をあっちへこっちへと滑り落ちて行った時に、方向感覚なんて解らなくなってしまっている。だけどなんとなく、あっちだろうって思える方角はあるし、私達は上からここまで滑り落ちてきた訳だから、まずは今いる場所よりも高い位置に上がれば、なんとかなるんじゃないかって思った。
「解りました、それじゃ行きましょう」
「うん、行ってみよう」
ルキアと共に、上へ上へと歩き登っていく。私達の向かっている場所へと歩いてはいけるルートだけど、砂利や石なども多い場所なので、それに足をとられて転ばないように注意を払う。もしそれで転んで下に落ちたら、最悪……崖下に転落するだろうから。
上まであがりきった所で、ルキアが身に着けていたマントを外して私に差し出してきた。私はそれを受け取り、自分に纏う。
「ありがとうございました。でも、もう陽が昇ってきましたし、だんだん暖かくなってきたので」
「そう。でも、今度はこれからどんどん熱くなるよ。このマントは、耐熱効果もあるし纏っているだけで、それも緩和すると思うけど」
「本当に凄いマントです。でも今は、大丈夫です」
私は頷いた。もし必要になったなら、また貸してあげればいいしね。
「あっ! ルキア! あれ見て」
「え? あっ、あの沢山大きな岩がある場所……もしかして、私達のキャンプがある場所ですね!」
地面が崩れて、そこへ落ちて穴をどんどん滑り落ちて行った時に、かなり下の方へ行っちゃった気がしていたけど……私達がキャンプを設営した場所は、ヘーデル荒野でも高地に位置していたみたい。
「それじゃ、戻ろうか。この時間なら、皆もう起きているかもしれないしね」
「はい、そうですね! しかも朝から、いきなりこんな大冒険になるなんて思ってもみなかったです。早速戻ったら、クロエに話して聞かせてあげたいです」
「あはは、そうだね。スナネコの事とか、きっと羨ましがるかもしれないね」
「はい!」
私達のキャンプのある場所へと向かう。
これで水のある場所は見つけた。あとは……モラッタさん達との対決の開始を待つ感じだろうけど、それならそれで対決開始の合図か何かあるはずだから、続きはそれからかな。次は、食料の調達も考えないといけないし。
ここで数日過ごす為には、水の他に食糧もいるし……今日は、きっとまたこの地は暑くなる。そうなれば、ゾルバの持ってきてくれた食糧もきっと傷んでしまうものがいくらかありそうだしね。
「そう言えば、あのスナネコ……どっか行っちゃいましたね」
「あっ、そう言えばそうだね。何処に行っちゃったんだろう?」
「きっと逃げちゃったのかも。でも物凄く可愛かったですね」
「うん、ルキアみたいに可愛かった」
赤くなるルキア。照れているのか恥ずかしがっているのか解らないけれど、私に気づかれたくないのかプイっと向こうを見る。そんなルキアを見て、私は笑顔で言った。
「地面が崩れてその中を滑って……その前は散々私達に追いかけまわされたから、ちょっと暫くは出てこないかもね。でもこれで私達は知り合った訳だから、もしかしたら……気が向いたら、またルキアの前にひょっこりと現れるかもしれないよ」
「え? 本当にですか?」
「うん、可能性はある」
太陽が完全に姿を現し、荒野に朝がやってきた。今いるここが、パスキア王国に来る前に立ち寄ったパテルさん家なら、きっと大きな声で鶏が鳴いているんだろうなって思った。




