第1119話 『スナネコホーミング』
私とルキアがそこで見たもの。
それは、小さな小さな猫だった。しかもとても小さな子猫のようで、色はデザートカラー。耳と目は、大きくてとても愛らしい。動物、魔物に至っても生き物が大好きな私は、その愛らしい子猫を見てもう跳びつきそうになっていた。
「か、可愛い……なんて、可愛い子猫ちゃんなのー」
「本当に可愛いですね。アテナからもらった本に、あんなの載っていたかな? あれは、なんて魔物なんですか?」
「あはは、ルキアの本には載っていなかったかもね。だって、あれは魔物の専門書だしね。少しは魚とか動物とか載っていたいたりはするけど、魔物程も載っていないしね」
「それじゃ、あの子猫って……」
「あれは魔物じゃなくて、動物だね。しかも飼い猫とかじゃなくて、この辺に生息しているみたい」
「そ、そうなんですか。種類はなんていう動物なんですか? 猫に見えますけど、普通の種類じゃないですよね」
「うん、この子はスナネコっていう猫系の動物。こういう荒野とか、砂漠などの特殊な環境に生息する猫の仲間だね」
「スナネコ……」
こんな所にスナネコがいるなんて……驚いていると、向こうもこちらを見た。まん丸い目と、合ってしまった。何あれ、ちょーー可愛いんですけど!!
デザートカラーのフワフワの毛。ヌイグルミみたいな愛らしさに、あのじっとこっちを見る目。ああ、もう我慢できないよ!! 捕まえて、抱き締めたい!!
岩陰からでもあのスナネコを観察し、そして何処にいくのか追跡するつるつもりだったのに……一定の距離を保っていないと逃げちゃうって解っているのに、まるで吸い寄せられるように引き寄せられる。ああ、勝手に足が……と言いつつも、両手もスナネコを掴もうとしているのか、ゾンビのように両腕を前に突き出してしまっていた。
「アテナ! どうしたのですか? これ以上近づいて行っちゃうと、スナネコは逃げちゃうかもしれないですよ!」
「うん、解っている。解っているんだけど、物凄い可愛いよね」
「はい、可愛いですよね」
「このまま近づいたら、逃げるかもしれない。けどもしかしたら、逃げないかもしれないよね」
「うーーん、じっとこっちを見てますけど、警戒している風に見えるので逃げそうですよ」
「ええー、そんなーー。でも可能性はゼロじゃない。もしもあの可愛いスナネコをこの腕に抱きあげられたら、撫でたり頬ずりしたりできるのにーー」
「ほ、頬ずりですか⁉」
「うん」
満面の笑みでそう言って、徐々にスナネコに近づいて行く。そして10メートルほどの距離になった時に、スナネコがピクリと動いた。ちょこんと座っていた腰を、ほんの少し浮かせている。気づいたルキアが私の服を掴んだ。
「え?」
「駄目ですよ、アテナ! これ以上近づくと、逃げちゃいますよ」
「ええーー、もうちょっとなのにーー。ああ、なんて可愛い子なんだろう。でももしかしたら、子じゃないかもしれないけどね」
「それは、どういう意味ですか?」
「スナネコはね、小さな生き物なんだよね。荒野や砂漠は暑かったり寒かったりするでしょ。だからそれを避ける為に、穴を掘って道やシェルターを作る。だからそれに適応して、身体も小さい。今、目の前にいる子も子供だって私達は決めつけているけれど、実は大人かもしれない」
「小さな猫さんなんですね」
「まるで、ルキアみたいだよね」
「え? い、いえ! 私はまだ、もっと大きくなりますよ! これから、アテナのようになります!」
あはは、そういうつもりじゃなくて、ルキアと同じで可愛いねってつもりで、言ったんだけど。でもなにかムキになっているルキアも可愛かったので、特に訂正はしなかった。
ダダッ
「あっ! アテナ! 大変です、スナネコが逃げてしまいました!」
「ルキア、急いで! スナネコは、活動範囲が広い方じゃないから、近くに巣とかあって、そういう場所に逃げ込むと思う」
「解りました! 追いかけましょう!!」
逃げたスナネコを、思い切り追いかける私とルキア。
向こうに見える岩。その角を、曲がって姿を消すスナネコ。ルキアと一緒に、スナネコと同じように岩まで行くと、角を曲がった。すると更に向こうに見えるいくつかの岩。その中へスナネコは、入り込んでいった。
「アテナ!」
「大丈夫。追ったら逃げたくなるものでしょ! あのスナネコにとっては、かなりの驚きかもしれないけれど、あの大岩の頂上にまで登ってルキアが見つけてくれた、せっかくの手がかりなんだから。諦めるのは、まだ早いよ!」
「は、はい!」
スナネコが見えた。大小様々な岩がある場所。スナネコはそこへ逃げて行くと、地面にある穴に入り込んでいった。ルキアがジャンプして、スナネコに手を伸ばす。だけど届かなくて、派手に地面に転がった。その脇から、私はスナネコが入り込んでいった穴を覗き込んだ。
「アテナ! どうですか?」
「うぐぐ」
転んだルキアは、直ぐに起き上がると私の隣にやってきて同じくスナネコが入り込んでいった穴を覗く。
「穴の中に入っちゃったみたい。スナネコサイズの穴だし、私達は一緒に中までは追いかけて行けそうにないね」
「ええ!? じゃあ、もう無理ですか?」
「そうねー。このまま出てくるまで待ち構えていても、気配とかそういうので私達の存在は知られているだろうし……見るからに警戒心が強そうだから、このまま出てこないかもしれない」
カルビを連れてきていたら、追いかけていけたかな……ううん、この穴はおそらくスナネコが作ったものだろうけど、強度も中がどうなっているのかも解らない。だからカルビを1人で送り込むのには、どちらにしてもリスクが大きすぎてできなかったかな。まあ、あくまでも例えばの話で、カルビは今はクロエとエスメラルダ王妃のテントにいるから、ここにはいないんだけど。
「アテナ!! アテナ!!」
ルキアが私の肩をせわしなく叩いた。彼女が指した先を見る。すると、10メートル位先の岩の上に、スナネコがいてこちらをじっと見つめていた。
「アテナ、あのスナネコってもしかして……」
「うん、そうだね。先に言ったけど、スナネコはその名の通り、砂が豊富にある場所とか、例えば砂漠とか荒地に住んでいたりするんだけど、こうやって穴を掘ったりしてそこで生息していたりするんだよね。だから穴掘りの得意なスナネコは、自分のテリトリーの至る所に穴を掘って出入口を作るの」
「っていう事は、向こうにも穴があって、こっちとは繋がっていたから……」
「よーーーし! でもまたこうやって私達の前に姿を晒すって事は、捕まえるチャンスがあるって事かもしれない。追いかけよう、ルキア!」
「は、はい!」
スナネコのテリトリー。それは、行動範囲と同じでそれほど広くはない。だからこのまま追っていっても、私達のキャンプから離れる事はない。それなら、何も心配もなく追える。
私とルキアがまた揃ってスナネコに向かって駆ける。するとスナネコは、跳び上がってまた私達のいる方と反対へ逃げ去った。




