第1117話 『パッチテスト』
――ヘーデル荒野。
モラッタさん達との対決が迫る。私達が守らなくてはならない旗。それが突き立っている場所の近くに、私達のキャンプを設営した。
そのキャンプから北側。近い場所にあった大きな岩山。その付近に小さなサボテンが生えていたのをルキアが発見した。ルキアは、そのサボテンを食用にできないか聞いてきたので、私は試してみる事にした。
愛用の果物ナイフを取り出して、そのサボテンに極小さな傷をつける。そして棘に気をつけながら、傷から流れる汁を指に付着させた。ルキアが目を丸くして、身を乗り出して言った。
「も、もしかして味見ですか?」
「うん、サボテンはどちらかというと、食べられない種の方が多いからね。しかも食べられないサボテンは、どうやっても食べられない。味も強烈だから」
「きょ、強烈ですか」
「うん、強烈だよ。とても食べられない苦さって言えばいいのかな」
にこりと笑い、指についたサボテンの汁を手の甲につけた。ルキアは、それを見て私の顔と手の甲を交互に見る。更に手の甲につけた汁を、頬にもつけてみた。この行動には、ルキアも流石に首を傾げた。
「な、何をさっきからやっているんですか? 食べられるかどうか、舐めてみないんですか?」
「うん、そうだね。そろそろ舐めるかな。でもその前にやっておかなくちゃならないのが、パッチテスト」
「パッチテスト?」
「そう。私達みないな冒険者やキャンパーは、旅の途中でキャンプを張ったりして、そこに泊まるでしょ?」
「はい」
「今までもあったけど、その際にその場所が森とか色々と恵みが多い場所だった場合に、食べられる野草とかキノコとか木の実をとってきて、調理して食べたりしたりするでしょ?」
「はい、よくしますよね」
「そういう時、採取する野草や木の実、特にキノコは予め食べられるって解っているものを採って食べているわよね」
ここまで話すと、ルキアは私の不可解な行動の理由に気づいたみたいで、あっという声をあげた。
「そういうこと。このサボテンは初めて見るし、食べられるかは解らない。しかもサボテンというのは、キノコと同じくただ食べられないってものもあるんだけど、毒を含んだものもあるし、食べたり棘を刺したりしたら幻覚作用に襲われれるっていう種類のものもあるの」
「だから、先に手の甲に汁をつけてみたり、頬につけたりしていたんですね」
「そうね。まずは手の甲につけて、大丈夫だったら、更に手の甲よりも敏感な頬につけてみたの。ピリピリしたりとか、変な感じがしないかね。これがパッチテスト」
「パッチテスト……なるほど」
「フフフ」
「え? どうしたのですか、急に笑い出したりして?」
「そう言えば、このパッチテスト。敏感な身体の場所で試すといいんだけど、以前読んだ本には、お尻で試すのも良いって書いてあったなって思って。フフフ、それでもしなんかあったら、お尻が腫れちゃうよね」
「あはは、そしたらお尻が大変な事になっちゃいますね」
頬につけた汁も問題はない。そうなると、次は舌で試す。もしも舌が痺れたり何か感じたら、直ぐに吐き出す。だからまずは、口に入れても呑み込んだりしない。それが大切なこと。
ペロリッ
「うわあああっ!!」
「アテナ!!」
「ペッペッペッ!! っひいいい、苦い!! これ、凄く苦いよ!!」
「だ、大丈夫ですか!!」
渋みと苦みが合わさったような味。舌の汁を舐めた部分が、トゲトゲする。私のリアクションを見たルキアが、慌てて水筒を私に差し出した。私は「あひあとー」と言葉になっていないお礼を言って、ルキアの水筒に入っていた水を口に含んでうがいした。
「だ、駄目でしたか」
「うん、これは駄目だね。さっき説明した毒とか幻覚作用みたいなそういうのは何もないと思うけど、兎に角食べられない味ね。残念だけど」
「うーーん、ごめんなさい」
「えーー、なぜルキアがあやまるの? 逆でしょ。ルキアは食糧になりそうなものを探してくれたんだから。しかもこうしてパッチテストしたり、ちゃんと食用なのか調べた上での味見……というか毒味だからね。だからこの調子で、また食べられそうな感じのものを見つけたら教えてね」
そう言ってルキアの頭を撫でると、ルキアは嬉しそうに微笑んで「はい!」と返事をした。
「あの、それじゃ、今度はこの岩山の上に登って、辺りに何かないか見てみてもいいですか?」
正直に答えると、やっぱりちょっと心配。だけどルキアの運動神経は、獣人としてかなり凄くなってきているし、私がこうして下で待機していれば、もしも足を踏み外して落ちてきても受け止める自信は……ある。落ちてくるものだと端からそう思っていれば、確実に受け止める事はできる。
「解ったわ。でも岩が崩れたりするかもしれないし、まだ辺りは暗いから十分に気をつけて登って」
「解りました。それじゃ、ちょっと登ってみます」
少し前までは、馬車に乗り込んだりするのにも、「よいしょ」って頑張って登っていたのに……今はもう、身軽な感じで岩山に飛びついてそのままよじ登って行く。
そう言えば、あのルキアに貸しているマント。予め計算していた訳じゃないけど、実は衝撃耐性もあったりするので、羽織らせておいて良かったと思った。こうしてよじ登っている時にも、またあの砂嵐が吹かないとも限らないしね。
「アテナーー!!」
「はーーい、ちゃんと見ているわよーー!!」
流石、獣人というか――あっという間に、岩山の中腹までよじ登っている。ルキアの尻尾が、クネクネとあっちへこっちへと彼女の動きに合わせて忙しなく動いているのに気付く。
なるほど、あれでバランスをとっているんだ。面白い。




