第1116話 『荒野探索 その1』
大きな岩山。その真下にまでやってきていた。
「アテナ、ここに何かあるんですか?」
「うーーん、解らない。だから色々、調査しているのよ」
「水とか、食べ物があるかですよね」
「うん、そうね」
「でも……本当にこんな場所にあるんでしょうか?」
少し不安げな顔をするルキア。彼女の頭を優しく触った。
「大丈夫。この場所に旗を立てて私達のキャンプ地に選んだのは、あのトリスタン・ストラム卿だからね。間違いなく、この辺りで水や食糧の調達はできるはず。もしないとすれば、それは私達が見落としている……としか考えられないかな」
説明を聞いても、キョトンとしているルキア。
「ど、どうしてアテナはそう思うんですか? トリスタンさんは、そういうのに詳しい人なんですか?」
「詳しいし、とても公平な人だからね。カミュウ王子の縁談相手の座をかけて……ってまあ、それを勝ち取った後で私は辞退するつもりだけどね」
「は、はい」
「王様達が注目するこの対決、キャンプ対決って決まった訳だけど、その細かい内容と場所、それを一任されたのがトリスタン・ストラム卿なの。でも対決するなら、その場所とか決めなきゃでしょ? フィリップ王や王子や王女達、そして対決相手のモラッタさん達もそうだけど、私達もこのヘーデル荒野って場所で納得したのは、彼がこの対決を仕切っているからよ」
「つまり、信頼できる人って事ですか?」
「そうね。トリスタン・ストラム卿は、このパスキア王国では、ブラッドリー・クリーンファルトと並んで最強の騎士と言われているけど、私も実際にあってみてそう感じた。紛れもない、英雄クラスの人だと思う。皆それが解っているから、彼が勝負を仕切ると聞いて納得しているのね。だからとうぜん、対決する場所も適当になんか決めてないし、この場所も計算された上で選んだんだって思っている」
ルキアはやっと納得したみたいで、何度か小さく頷いた。私はそれを見て、にこりと笑う。
「だからね、きっと私達の設営したキャンプの周辺には、水や食糧の問題を解決してくれる何かがあるはずよ。だからルキアも、何かないかなって辺りを注意深く調べてみて」
「解りました。じゃあまずは、この大きな岩山ですよね。上に登ってみますか?」
危ないから……って言おうとして止めた。
クラインベルト王国を旅していて、ルキアと初めて会った時は、彼女はまだ頼りなくて弱々しかった。だけど旅を続けているうちに、強くなっていった。ガンロック王国までの旅では、私から剣やちょっとした格闘術なども習い、それだけじゃなくてキャンプの知識や料理、文字とかそういうのも学んだ。
そしてノクタームエルドでは、ヴァレスティナ公国のドルフス・ラングレン男爵や、ミューリやファムやノエル達と共に、私達の前に立ちはだかったドワーフの戦士、ギブンとの対決――更にドゥエルガルの少年たちとの出会いで、心の強さも運動能力も大幅にレベルアップした。
だから今のルキアの運動神経なら、こんな岩山簡単に登っちゃかもしれない。
「そうね、でも先に下……っていうか、岩山の周辺から探ってみようか。まだ空も暗いし、結構見落としがあるかもしれないしね」
「はい、解りました」
ルキアは元気よく返事をすると、目前の大きな岩山の周囲をチョロチョロと歩き回って調べ始めた。その姿は可愛くて、見ていると顔が緩んでしまう。そして私が貸しているマントも、実に似合っていると改めて思った。
うーん、プレゼントできらばいいんだけどねー。でもそのマントは、あげられないんだよね。二つとない代物かもしれないマントだし……これからの旅にも、かかせないものだから。
だからまたルキアには、専用のマントを何処かで見つけてプレゼントしようと思った。やっぱり冒険者と言えばマントは必要だしね。あると、結構色々な事から身を守ってくれる。強烈な日光や、寒さを防いでくれたり。
「どう? 何か見つかったーー?」
「アテナ! こっちへ来てください!!」
「え? え? 本当に何か見つけたんだ!」
ルキアの声を聞いて、急いで駆けよりに行く。すると彼女は大きな岩山の近くでしゃがみ込んでいた。
「なになに? 何を見つけたの?」
「これです、アテナ! 見てください!」
ルキアが指した場所。そこには、緑色の何かがあった。植物……そう、小さくて可愛らしいサボテン。それが3つ、寄り集まって生えている。
「サボテンね。しかも可愛い」
「これ、食べられますか?」
「え?」
「食べられるなら、食糧になるし……サボテンって水を多く含んでいそうなので、水分もとれるかなって思って」
「うーーん、目の付け所はいいわねー。でも、どうかなー?」
ルキアが見つけたサボテンの前に、私もしゃがみ込む。もしも私達の真ん前に人がいたら、私もルキアもパンツ丸見えだけど、いないから気にもしない。ルシエルがいたら、きっと「パンツ見えてますよ」とか「パンツ見えてますけど、他には誰もいないので安心してください」っとか、ふざけた感じで言ってからかってくるに違いない。
まあ、今はテントの中で、ノエルと一緒に夢の中だからその心配もないけれどね。
「それで、どうですかアテナ。このサボテンは食べられますか?」
「どうかな。確かに食べられる種類のサボテンはあるけど、これは食用にできるかどうかは解らないわね」
私はそう言って、果物ナイフを取り出すと、それを使ってサボテンに小さく切り目を入れてみた。




