第1105話 『荒野の山 その2』
ズシーーーン……ズシーーーーン……
山のように巨大な陸亀、グランドタートル。私達が傍まで近づいてきた事に気づいたのか、急に歩く速度をあげた。
まあ速度をあげたって言ったけど、もともと歩く速さも性格ものんびりとした生き物なので、そこまでスピードは感じない。だけどちょっとした山程の大きさはあるので、一歩の幅はそれなりに比例して大きいし、迫力がある。
ズシーーーン……ズシーーーーン……
グランドタートルが歩く度に、地面が揺れる。近くまでやってきた。ルキアは口を閉じるのを忘れて、ただただ巨大な亀のスケールの大きさに圧倒されて、ずっと高く見上げて口を開いてしまっている。
クロエもそう。彼女は、目が不自由でグランドタートル自体を見る事はできないけれど、近くで感じる圧倒的なまでの圧や、漂ってくる重い空気、更にこの地震のような地面の振動でその大きさや迫力、得たいの知れない大きいな存在感を感じている。
「凄いです! 凄いですよ、アテナ!! こんな大きな亀がいるなんて……ルシエルやマリンにも見せたかったです!!」
「うん。でもグランドタートルの生息地は、結構点在しているからね。荒野でよく見かけるみたいだけど、クランベルトでも以前、一度だけ見かけた事があるし。その時の子は、この子よりももう二回り位小さかったかな」
「そうなんですね! もしかして、アテナが見たのってカルミア村の近くですか?」
「ううん、ぜんぜん違う場所。クラインベルトで見たって言っても、ルキアが住んでいたカルミア村よりもっと北だし、かなり遠い場所かな」
「遠い場所ですかあ」
「え? なんで?」
「え? いえ、もしカルミア村の近くにこんな大きな亀がいたんだったら、私やリアが気づかないなんて不思議だなって思って。でも納得しました」
「そういう事か。なるほど。それじゃ、折角だから、もう少し近づいて観察してみようか」
「え? そんなに近づいて大丈夫ですか?」
「グランドタートルは、極めて温厚な性格だから大丈夫。だけどグランドタートルが移動している時、足元には十分気をつけてね。重量は山そのものだから、踏みつけられたら一瞬でおせんべいになっちゃうから」
おせんべいと聞いて、笑うルキア。でもクロエは、変わらず不安そう。
「それじゃ、もっと近づいてみてみよう」
クロエの手を握る。すると、彼女は嫌がるように少し身体を後ろへと引いた。
「クロエ?」
「こ、怖いですアテナさん。こ、こんな歩くだけで地震が起きるような大きな魔物に近づくなんて……恐ろしいです」
「大丈夫。怖がらずに、一緒にきて。私もルキアも一緒にいるから」
「そうだよ、クロエ。私もついているから。何かあっても、絶対クロエを守るよ」
「ルキア……」
そう言えばブレッドの街へ行った時の事。コナリーさんや皆と一緒に、街の近くにある泉の近くでキャンプをした。その時に、水蛇が現れたんだよね。
水蛇は、水の下級精霊で基本的に善なる人間を傷つけない。だけどそれはマリンに教えてもらって解った事で、最初私達は初めてみる水蛇に驚いて怖がった。その時に、ルキアは自分が怖いと感じる気持ちを封印してクロエを守ろうとした。
その時の事、クロエはしっかりと今も覚えている。だから、ルキアが絶対クロエを助けると言えばクロエは勇気を出す。
「わ、わかったわルキア。わたしも行く」
「うん、行こう」
「フフフ、2人共そんなに気合を入れなくても大丈夫だよ。言ったように、グランドタートルは危険な魔物じゃないから。それじゃ、クロエは私と一緒に。ルキアはしっかりとついてきてね」
『はい!』
3人、気持ちが揃った。
グランドタートルの真横まで近づく。山。圧倒的な、ありえない程の大きさの亀。大迫力。
ズシーーーン、ズシーーーーン。
グランドタートルは、私達の方を見向きもせずに広い夜の荒野を、何処かへ向かって直進している。ううん、もしかしたら私達が、チョロチョロと後をつけてきてまとわりついてきているのに気づいて、振りきろうとして逃げているのかもしれない。
「クロエ、ちょっといい?」
「え? あっ、はい」
クロエを背負う。そしてルキアと共に、グランドタートルの直ぐ隣を走る。
「だ、大丈夫ですか、アテナさん」
「うん。クロエは、とても軽いから平気平気。私でもおんぶして、走れちゃう位だから」
「そ、そうですか」
「それじゃ、しっかりと私に捕まっていてね。行くよ、ルキア!!」
「はい!」
「ちょ、ちょっと待ってアテナさん! 行くって何処へ……」
思い切り走る。そして力いっぱい地面に踏み込んで、思い切り跳んだ。ルキアも私の後に続いた。彼女は獣人で、運動神経や身のこなしもいいから、私よりも高く跳ぶ。そしてグランドタートルに乗っかった。
「きゃあああ!!」
「よいしょ!!」
ちゃんと着地できた。グランドタートルの甲羅の上は、更に振動が凄い。だけど甲羅の上には土があり、草木が生えていて足場としてはしっかりしていた。
背負っているクロエを下ろすと、手を繋いだ。ルキアは、とても好奇心いっぱいの表情でグランドタートルの背の上を見回している。
「ア、アテナさん……ここはもしかして……」
「うん。ここは、グランドタートルの背中。っていうか、もっと正確にいうと、背中にある甲羅の部分だけど、その甲羅の上の一番端の方って感じかな」
「は、端ですか」
「グランドタートルは、とても巨大で背負っている甲羅自体がとんでもない大きさなんだけど、そこに土が積もり草木が生えている。それで甲羅に合わせて、こんな感じにこんもりした形になっているから、まさに動く山みたいだね」
「そ、それでこんなに傾斜がきついんですね」
「フフフ、山になっているからね。ねえねえ、ほら、向こう。ちょっとした森みたいになっているよ。ちょっと行ってみてみない? あれ、ルキアもクロエもどうしたの?」
「え? いえ。アテナって、たまに凄く無邪気というか、そういう時がありますよね」
「あはは、そうかな。でもルキアに、そう見られたならそうかもしれない。だって私もまだ16歳だからね。好奇心は、人一倍じゃぞー。フフ、ほら、折角ここまで来たんだから、グランドタートルの背中の上、どうなっているのかもうちょっと冒険しようよ」
「は、はい」
「え、ええ。転ばないように、気をつけないと……」
グランドタートルの背の上、つまり山の部分から私達が駆けてきた方を眺める。すると少し離れた向こうの方に、ノエルとエスメラルダ王妃、そしてカルビの姿が見えた。3人共私達の方を見ていたので、私は3人に向けて笑顔で大きく手を振ってみせた。




