第1101話 『ヘーデル荒野 その8』
あれから砂嵐がまた襲ってきた。
エスメラルダ王妃の護衛をしていたゾーイは、ルシエルと旗を探しに先行してしまっているので、砂嵐が吹く度に私は彼女の方へ駆けて行き、彼女とクロエを守った。
クロエの足もとには、常にカルビが纏わりついている。だから、それ程心配もしていなかった。
砂嵐が完全に止んだのを確認して、また先へ進む。休むことなく周囲を見回して旗を探し続けるルキアが言った。
「ルシエルとゾーイさんは、真っすぐ北に向かったんですよね」
「そうね。あの2人は、とりあえず旗が設置されていそうな北側まで、一気に突き進んで探してみるつもりのようだから。私達もその後を追う感じで今は歩いているけど、まったく同じ行動をしてもあんまり意味無いし、私達は私達でじっくりと広い範囲を見ながら進もうか」
「はい、解りました。それにしても、本当に少し冷えてきましたね」
完全に夕方になってしまった。陽が落ちる前には、目的の旗を見つけてそこにキャンプを設営したかったんだけど……辺りは、どんどん暗くなってきている。
「アテナ、アレを見ろ」
ノエルが、何かを見つけた。私とルキアは、彼女に歩み寄る。
「もしかして、旗を見つけたの?」
「いや、旗じゃない。魔物の群れだ」
「ま、魔物の群れ!?」
「ああ、しかもここからじゃ少し遠くて確認しづらいが、牛みたいなのを集団で襲って喰っている。きっと凶暴な奴らだぞ」
見ると確かに白い牛のようなのが、何匹もの恐ろしい魔物に襲われて食い殺されていた。やられたのは、きっとホワイトヌーという水牛のような魔物。そして襲っているのは……
「あれは、ラプトルですね」
ルキアが代わりに言ってくれた。私が彼女にプレゼントした、様々な魔物が書き記された本。あれにも乗っている魔物で、私もその存在を覚えている。ノエルは知らなかったみたいで、それを知っていたルキアに聞き返した。
「ラプトル?」
「はい。私も見るのは初めてですけど、持っている本に載っていたので知っているんです。爬虫類系の魔物で、蜥蜴のシルエットに似ています。だけど二本脚で走り、その速さは馬みたいに早くて、身体の大きさも馬ほどにあります。更に性格は獰猛で危険です。肉食で、口には獲物を一瞬で嚙み殺す鋭い牙がいくつも生えていて、両手に生える爪も簡単に獲物の肉を斬り裂く事ができます。更に動きはとても俊敏って、本には書いてありました」
「へえ、かなり危ない奴らだな」
「はい。しかも彼らは、狼のように連携して群れで獲物を襲うハンターなんです」
狼と聞いて、一瞬私とノエルの目はカルビの方へ向いた。
ワウ?
あはは、あんなカルビみたいな可愛いのが連携して群れで襲ってきたら、全部捕まえてお腹に顔を埋めてこすりつけてみたり、肉球を触ったり頭の匂いを嗅いでみたいり、色々しちゃうんだけどな。
ビクッ
私のよからぬ考えをなんとなく感じ取ったカルビは、クロエの陰に隠れた。
ええーー!! カルビーー。私から、逃げないでよー。
ルキアは、首を傾げた。
「でも驚きですね」
「何がだ?」
「ラプトルは、ヨルメニア大陸の南部に生息していると書いてありましたけど、このパスキア王国は、位置的に南というよりは中央辺りですから……こんな場所にも生息しているんだなって思って」
「なるほど、それならヘーデル荒野が特別なのかもしれないな。実際、あたしが今まで活動していたノクタームエルドでも、珍しい魔物や動物などはいたもんだ。何事にも例外ってのは、あるもんさ。それで、どうする? こっちは連れがいるし、気づかれないように進むか」
「そうね、できればそうしたいけれど……」
「きゃあああああ!!」
刹那、エスメラルダ王妃の悲鳴がした。私達は、何かあったのかと思って彼女の方を振り返り、慌てて駆け寄った。
「ど、どうしたのですか⁉」
「蛇よ、蛇!! 蛇がいたわ!! アテナ、直ぐにこの蛇をどうにかしなさい!! とても気持ち悪いですし、不吉です!!」
見ると、とても小さな蛇。この種類は、荒野によく生息している蛇で、野鼠なんかを獲って食べる種類。でも得てして蛇という生き物は通常は肉食で、この目の前にいる土気色の可愛い蛇は、大人しくて毒もなく人間に対して無害。
「ひいいいい!! 早く!! 早く、どうにかしなさい、アテナ!! 蛇なんて、気持ち悪い!!」
クロエは目が見えないし、エスメラルダ王妃があまりに騒ぐので、怯えている。小さな蛇で危険じゃないと教えてあげると、私はその蛇を掴んで少し離れた場所で逃がした。それを見ていたノエルが呟いた。
「もったいない」
「え?」
「もったいないって言ったんだ。折角、食糧にできたのに」
「それもそうだけど、あのくらいの大きさだと全員分なんて無理でしょ。それに可愛かったし……」
「蛇が可愛い?」
「可愛いわよ」
「アテナは、やっぱり変わっているな」
「変わってなんてないけど」
「そういや、ドワーフの王国でも荷運び蜘蛛を可愛いって言って、その背に乗ってピッタリと抱き着いていたんだってな」
ノエルはそう言って私の顔を見た。口元がわずかに笑っている。
ちょっと恥ずかしい。でも蛇だって蜘蛛だって、そりゃ凶暴なのもいるし気持ち悪いと思うものや怖いものもいる。だけど今の蛇や、荷運び蜘蛛に至ってはとても可愛らしいと思った。それは間違えない。
でもその主張を今するのも、なんだかムキになっているしちょっと恥ずかしいかなーって思っていると、メラルダ王妃に続いて今度はルキアが叫んだ。
「アテナ!!」
「え? どうしたの、ルキア?」
「大変です!! ラプトルが!! さっき向こうでホワイトヌーを襲っていたラプトルの群れが、こっちに向かって駆けてきています!!」
え⁉
さっきのエスメラルダ王妃の悲鳴。あれで気づかれたのだと思った。
大変だ。ラプトルは、とても狂暴でとても素早い。
「ルキア、ノエル!! こっちに来て!!」
2人に声をかけると、私はエスメラルダ王妃とクロエの手を引いて、ラプトルが駆けてくる方とは逆方向に急いで駆けた。
ラプトルは、狂暴な上に俊敏、狡猾で狩りの上手な魔物。それでも私やノエルは、対抗できる……だけど奴らはきっと、クロエやエスメラルダ王妃みたいな狩りやすそうな獲物から、集中して襲い掛かってくるだろう。
見つかってしまった以上は、彼らの足から完全に逃げ切る事は不可能。だから、守りやすい場所を見つけてそこで応戦しないと!!




