第1100話 『犬猿の仲』
トリスタン・ストラムが、設置した旗を探して歩く。歩き続ける。ヘーデル荒野を彷徨い歩いて、思い出した事。それはやはりガンロック王国での旅の事だった。
規模、暑さから言ってもガンロック王国の方が脅威だった。なんといっても旅の途中で私達は、ナジームと運良く知り合って、彼に助けてもらっていなかったら、そこで干からびて死んでいたかもしれないし。あの地はそれ位、厳しい大地だった。
対してヘーデル荒野は、あの大地に比べたら圧倒的に小さいし、その気になれば脱出も出来そうだと思った。
だけど油断はできない。きっと、この荒野には何かがある。既に強烈な砂嵐という洗礼もうけた。トリスタン・ストラムは、この対決を試練とも言ったのだ。この程度な訳はないと思う。
でもこの勝負がキャンプ対決であろうと、その実サバイバル対決であろうと、私達の得意分野である事には変わらない。私達冒険者が、普段から手慣れている事だから。絶対に負けない。
「アテナ、少し肌寒くなってきました。どうにかならないのですか?」
「どうにかって……」
振り返ると、エスメラルダ王妃がクロエと共に岩陰に身を隠したまま、身を小さくしている。私と一緒に今の王妃の姿を見たノエルは、呆れた顔をした。
「ここは、ガンロックなどに比べれば規模は小さいですけど、荒野は荒野ですから昼間はもっと暑くなるでしょうし、夜になるにつれてかなり寒くなってくると思いますよ」
「それなら、どうにかしなさい。このような環境だとは、思ってもいませんでした。もし知っていたのなら……」
「今からでも王都へ帰る? それなら、幸いまだ対決は始まってないし、私が送り届けるけど」
…………沈黙。
エスメラルダ王妃にとって、この荒野の環境は我慢ならないみたい。けれど、今更王宮に引き返すつもりもないみたい。こちらとしては、戻ってもらった方が色々とやりやすいんだけどな。
ルキアが心配して、エスメラルダ王妃のもとに近づく。その横には、カルビ。
「王妃様、もう暫く辛抱をして頂けますか?」
「はっ、辛抱すれば、この寒さはどうにかなるのですか?」
「はい。今、ルシエルとゾーイさんが、目的地である旗が立っている場所を探してくれています。私達も探しているので、そのうちきっと見つかります。そしたらそこでテントを張れるので、その中なら少しは暖かいですよ」
「す、少しですって!? わたくしは、寒いのも暑いのも苦手なのですよ。もしも風邪でも引いたり、具合を悪くしたらどうするのですか? それともあなたは、わたくしがこのような場所で身体を悪くしても、その責任をとれるというのですか⁉」
「せ、責任って……そ、それは……」
凄い剣幕でルキアに迫るエスメラルダ王妃。困って俯くルキア。クロエも、暑かったり寒さでイラつくエスメラルダ王妃を、落ち着かせようとして何か言おうとしている。
「さっきから聞いていたらだけど、それはないんじゃないの」
「ないんじゃないとは、どういう事なのですか?」
「そのままの意味よ! だってあなたがここで寒い思いをしようが、その先に風邪を引いてぶっ倒れようが、それはルキアのせいじゃないでしょ! あなたが勝手に決めて、勝手にここまで私達についてきたんでしょ!!」
「それは、あなたのためでしょ!! わたくしは、全てあなたとクラインベルト王国の為にやっているのですよ!!」
「違う。この縁談を望んでいたのは、あなた自身でしょ。それにこのモラッタさん達との対決についても、つきつめればそうなんじゃないの!!」
エスメラルダ王妃と睨み合う。するとルキアとクロエが2人して身を挺するようにして、私達の中へ飛び込んできた。
「や、やめてください、アテナ! 私が全部悪いですから!」
「王妃様もアテナさんも、落ち着いてください!」
ううう……もう!
……私とした事が……ちょっと、熱くなっちゃって反省。やっぱりどうしても、エスメラルダ王妃との事になると、冷静にならなくっちゃって思っていても熱くなっちゃう。私の方が2人よりお姉さんなんだから、ルキアやクロエにこんなに気をつかわれていたら駄目だよね。はあ……
ワウワウーー!!
「きゃあああ!!」
次の瞬間、カルビがエスメラルダ王妃の顔に張り付いた。彼女は、慌てて自分の顔に張り付いたカルビを外そうとして転倒する。エスメラルダ王妃が地面に転がると、カルビは素早く飛びのいて逃げた。
「っひいいいい!! ななな、なんなのですか、あの犬は!! 汚らわしい!! あんな無礼でしつけのなっていない犬、さっさと何処かへ連れて行って捨ててきなさい!!」
犬じゃなくて、ウルフです。しかも私達の大切な仲間ですから、そんな物みたいに言わないでください!! って言ってやろうとして、言葉を呑み込んだ。
地面に転がったエスメラルダ王妃は、立ち上がろうとしてまた転んだ。クロエが慌てて彼女を支えようとする。ルキアも駆け寄っていったので、仕方なく私も彼女に手を貸した。エスメラルダ王妃は、私達の手を借りて立ち上がるも、一言もお礼を言わなかった。
ノエルは、触らぬものに祟りなしとばかりに、エスメラルダ王妃には私以上に極力話しかけたりせずに、ひたすら旗を探して荒野の先に目をやっていた。
私は、ルキアと目を合わせると苦笑いして言った。
「それじゃ、私達もそろそろ旗を探しに行こうか」
「なぜです? ここで待っていればいいのじゃないのですか? 今頃、ゾーイとあのエルフの娘が目的地を探しているのでしょ?」
「嫌なら、王都へ帰るか、ここで待っていてください。でもその場合、クロエは連れて行きますから」
私とエスメラルダ王妃の仲の悪さは、クラインベルト王国の王宮にいる者ならほとんどが知っている。だけどこんな光景をまたお父様に見られたら、きっと人の気も知らないで、もう少し優しく接してやれんのかとか言うんだろうな。
私だって解っている。だけど――私だってそうそう思う通りに、自分の気持ちをコントロールはできないよ。




