第1097話 『ヘーデル荒野 その6』
パスキア王国最強騎士の1人、ブラッドリー・クリーンファルトが王都へ戻ると言って私達のもとを去ると、私は彼の代わりにエスメラルダ王妃の隣についた。ここは、危険な魔物も生息しているというヘーデル荒野。何かあった時に、この位置が一番いいと思った。
エスメラルダ王妃の真後ろには、ゾーイ・エルがいて彼女を守っている。そして先頭には、ルシエルとルキア。後方にはノエルとカルビが歩いていた。うん、いいね。この布陣が、一番安心できる。
エスメラルダ王妃は、ブラッドリーがいなくなると再びまた機嫌の悪い彼女になった。でもクロエがいる。彼女と手を繋いで歩くクロエの存在が、彼女の心を穏やかにしてくれる。
先頭を行くルシエルが足を止めた。そして、辺りを見渡す。ルキアが後を追っていく。
「おーーい、これよー、どこが広くない荒野なんだ? めっちゃ広いじゃんか」
「ルシエルは、ちゃんと話を聞いていましたか?」
「おうん? 何がかね? 言ってみなさい、ルキア君」
「大きくないっていうのは、一般的な荒野に比べてって事ですよ。荒野っていうのは、だいたいとても広大ですから、それらに比べればこの荒野の範囲は小さいって意味なんだと思いますよ」
「それじゃ、結局大きいって事だろーが」
「そ、それはそうですけど」
「そんなら、最初からそんな余計な事を言わなくていいんじゃねーか。荒野だから、広い何処までも続くような荒地だぞっつって! それで、その荒野の何処かにトリスタンのおっさんが、旗を地面に突き刺したから探せって言やーいいじゃねーか」
「それだと、一般的な荒野を想像してしまうかもじゃないですか」
「それでいいんだよ。だってこんなに広いんだからよー。だいたいオレらには、見分けつかねーじゃんか。それとも何か? ルキアはこの荒野が小さいとでもいうのか? 自分は、ちっちゃいのにな」
「そ、そそ、それは関係ないじゃないですか!!」
「胸もちっちゃい」
「ななな、なんてことをいうんですか!! そ、そんな事を言ったら、ルシエルだって!!」
ルキアがそこまで言った所で、ルシエルは両手をルキアの方へ向けて、指をワキワキと動かし始めた。それ以上言ったら、くすぐり地獄にしてやるって事みたい。
「もう、ルシエル。ルキアを虐めるのは、やめなさい」
「だーーって、ルキアがさーー」
「ルシエルが私の事を小さいって……背だけでなく、胸のことも……」
「ルキアもやめなさい。背が小さいのは事実だし、あなたはまだ9歳でしょ。間違いなくこれから成長するから、そんな事を気にしなくてもいいの」
「は、はい……」
「へっへーーん、おっこらっれたー。おっこらっれったーー。ちっちゃい猫娘がこのルシエルちゃんにたてをついて、おっこられたーー」
「っもう、ルシエルったらー!!」
「こら、ルシエルやめなさい!! そんなつまらない事で、ルキアを挑発しないの。それよりも、旗を見つけたのー?」
ルシエルは、何もなかったかのように、またぐるりと周囲を見まわす。
「うーーーん、荒地と岩ばっかり。何もねーーなー」
「でも何処かに必ず旗はあるはずよ」
私はエスメラルダ王妃の方へ行くと、彼女に言った。
「旗のある場所が解らない。明日の朝、8時までに旗をなんとしても見つけ出さなくちゃならないから……」
「それなら、探せばいいでしょ。いちいちわたくしにその事を知らせなくても、今どういう事をしているのか位は、ちゃんと把握しています」
「それなら、解りますよね。今ここに、馬車や馬などの乗り物はない。これから荒野に入って彷徨い歩くことになれば、苦痛を伴うかもしれない。今なら、ゾーイと一緒に王都へ引き返せるけど」
「嫌よ。もう決めた事なのだから。わたくしもこの二回戦は、きっちりと参加します。それにクロエはどうなるのですか? もしもわたくしがゾーイと共に王都へ戻ったとして、クロエはここに残りあなたと一緒に行動するのでしょ?」
エスメラルダ王妃は、私の事を嫌っている。私も嫌っている。
お互いがそうだから、いつもこういう感じの喧嘩みたいな口調と関係になってしまう。でも今のクロエの事については、彼女は本当に心配をしている様子に見えた。剣も魔法も使えない、両目も不自由な女の子を連れてこの荒野を行く事は、かなりの危険を伴っている。当然の心配だった。
私はクロエに目をおとした。
「解ったわ。それじゃ、クロエはエスメラルダ王妃やゾーイと一緒に……」
「嫌です!!」
唐突なクロエの大きな声に、ルシエルやルキア、ノエルまでもが何事かと振り返る。
「クロエ……」
「わ、わたしはアテナさんやルシエルさん、ノエルさんにルキア……グーレス。皆の仲間ですよね」
「それは……」
そこまで言った所で、ルシエルが叫んだ。
「仲間に決まってんだろーーーが!! 何を今更、そんな事を言うなーーーー!!」
ルキアとノエルも続く。
「そうですよ。ルシエルの言う通り、クロエは私達の仲間です。当たり前じゃないですか」
「だな」
それで間違いはないと自信満々の顔で、私を見つめる皆。私は溜息を1つ吐くとクロエに謝った。
「はい、そうでした。クロエ、ごめんね。クロエは私達のかけがえのない仲間でした」
「ありがとうございます。アテナさん……皆さん……わがままかもしれませんが、わたし……やっぱり皆さんと一緒に行きたいです。仲間として一緒にこの対決に参加したいです」
「うん。そういう訳だから、クロエは連れて行きます」
エスメラルダ王妃にそう言うと、彼女は吐き捨ているように私に言った。
「それなら、わたくしも帰りません。心配しなくても、わたくしに何かあればゾーイが守ってくれます。ですからあなたは、わたくしの事など気にかけていないで、さっさとその旗を探しなさい」
ムッキーーー!! 人が心配してみせると、こんな感じで返してくる。こんな調子で、この過酷な荒野で何日も一緒にキャンプなんでできるのだろうか。
「おい、皆!! 気をつけろ!! 砂嵐だ!! 身を低くしろおおお!!」
ルシエルの唐突な叫び声に目をやると、次の瞬間突風が襲ってきた。凄い勢いの突風で、砂埃なども混じっている。私は慌てて、エスメラルダ王妃とクロエの手を引いて身を低くさせると、その2人の上から覆いかぶさった。




